1.ドSなイケメン上司 ― 2


ドキン、と胸が高鳴る。

そこに立っているのは、間違いなく、第3チームのリーダーの陣野 弘貴(じんのひろたか)さんだった。

180cmのすらりとした体を、仕立てのいい濃紺のスーツに包み、背筋をピンと伸ばして立つ姿は、いつ見ても隙がない。
ネイビーとシルバーのストライプのネクタイをきちんと締めた姿は、いかにも仕事ができる男って感じだし、ななめに下ろした前髪の下の眼差しは今日も涼しげで、知性がにじみ出ている。
爽やかに、でも隙なくセットされた黒髪も、やや薄めの唇も、私の好みど真ん中で、ため息が出る。

だけど陣野さん、ずっとクライアントの会社に常駐しているから、めったに本社には来ないんだけどな。その人が、今ここにいるってことは。
……ひょっとして、ひょっとする!?

いや、ただの偶然かもしれないし、あまり期待しない方が違った時にショックが少なくてすむよね。
それでも、淡く期待してしまうのは、どうしようもなくて。

胸を高鳴らせながら名護屋さんの前に歩いて行き、陣野さんに軽く会釈してその隣に立つと、名護屋さんがニコニコと笑顔を向けてきた。

「阿久津ちゃん、待たせて悪かったねー。やっと決まったよ、阿久津ちゃんの受け入れ先」

首を長くして待っていた言葉に、思わず隣の存在を忘れ、前のめりになる。
「本当ですか? ありがとうございます!」
「陣野のことは、知ってるよね?」
聞かれて、隣の陣野さんの横顔をあらためて仰ぎ見て、「はい、もちろん存じてます」とうなずく。
すると、名護屋さんは勿体をつけるようにひと呼吸おいてから、重々しく告げた。

「今日から11月末まで、第3チームの応援を命ずる。後藤物産に常駐してのデバッグ作業だが、やってもらえるな?」

やった、予感的中! 期待した通りだ!

「はい、もちろんやらせていただきます。よろしくお願します!」

頭を下げながら、つい頬が緩みそうになるのをこらえる。
また陣野さんと働けるんだ! 嬉しいっ!
陣野さんにも向き直り、頭を下げた。

「よろしくお願いします!」
「あぁ、よろしく」

あぁ、相変わらずいい声……。
ルックスもだけど、この声が好きなんだよなぁ。
耳から入って、直接、頭の芯をとろかすような、フェロモンたっぷりの、低くセクシーな声。
と言っても、同期の杏奈(あんな)には、同意を得られなかったんだけど。
でもいいのよ、これはあくまでも、私の好みなんだから。

「じゃぁ、詳しい話は、陣野から直接聞いてくれるか? 俺、これから、お客さんとこに行かなくちゃならないんだわ。陣野、あと頼むな? 阿久津ちゃん、なんかあったら、電話して」
「はい、わかりましたっ。いってらっしゃい!」

慌しくカバンをつかんで席を立った名護屋さんを見送り、指示を仰ぐべく、陣野さんを見上げると。
「じゃぁ、ちょっと説明するから……、あそこを使おう」
パーティションで区切られた窓際のミーティングスペースを指差され、私は「はい」とうなずいた。

窓から明るい陽の光が差し込むテーブル越しに、差し向かいで座る。
半ば閉ざされた空間でお互いに顔を見合わせると、陣野さんはクイッと唇の片端を持ち上げた。

「久しぶりだな」
「はい。ご無沙汰しています」

と、笑顔で返しはしたけれど。

陣野さんは、いつぶりのつもりで“久しぶり”って言ったんだろ?
一緒に仕事をするのでいえば、5年ぶりだ。
でも、顔を見かけたというレベルなら、せいぜい半月ぶりくらい。
10月初めに行われた下半期スタートの全社会議でも、そのあと、名護屋さん主催で行われたシステム開発グループ全員での飲み会の席でも、見かけてはいたから。

ただ、私の方は見ていたけれど、陣野さんは私に気づいていなかったっていう可能性はある。どっちの時も、遠くから見かけただけで、挨拶するチャンスはなかったから。
だとすれば、ここはやはり、5年ぶりの方の“久しぶり”なのかな?