1.ドSなイケメン上司 ― 1


地下鉄の階段を上りきると、雲一つない青空が、まぶしく目に飛び込んできた。
爽やかな秋風に、心も足取りも軽くなる。

駅徒歩3分の好立地にある本社ビルに入り、スーツ姿の男たちに交じってエレベーターを上がると、いつものように、オフィスを一番奥まで進んでいった。

「おはようございまーす!」

元気に挨拶をして自分のデスクに着く。だけど。

「おう、おはよう!」

挨拶を返してくれるのは、今日も、本田(ほんだ)リーダーだけだ。
もう2週間になるけど、いまだに慣れない。
空席ばかりの自分のチームのシマを見やり、小さく息を吐く。
寂しいなぁ。
ま、しかたないんだけどね。

10月に入ってから、私の所属する、システム開発グループ第1チームは、開店休業状態が続いている。
仕事がないのだ。
9月末に、それまで携わっていた、大手ゼネコンのシステム開発が予定通りに完了し、本来なら、すぐに次の仕事が始まるはずだったのだけど、クライアントの都合で、その案件が急遽キャンセルになってしまったのが原因。

しかたなく今月から、うちのチームのメンバーは、個々に、他のチームの応援に出ることになった。
ところが。

チームの後輩たちは全員、応援に駆り出されたというのに、サブリーダーの私だけ、行き先が決まらずにひとり、チームに残っている。

リーダーの本田さんは、上司である名護屋(なごや)マネージャーや営業部員と一緒に、新規案件獲得のために飛び回っているけれど、私は毎日、やることがない。

まぁ、9月までの仕事で使ったテスト用サーバーの初期化や、不要になった書類の山の処分なんかで、時間つぶしをしてはいるけど。

正直、つまらない。
早くちゃんとした仕事がしたくてたまらない。

いったん仕事が始まってしまえば、毎日夜遅くまで残業、土日も休日出勤はあたりまえ、クライアントの無茶な要求に終日イラついて、ストレス溜まりまくりの毎日になるのは目に見えてるんだから、今の、定時で帰れる健康的な生活は、大いに喜ばしいはずなんだけど。
こんな生活を2週間も続けてみたら、どうやら私は仕事が大好きらしい、ということに気がついた。

入社して6年。正直、辞めようと思ったことは何度もあったけれど、それでも続けているのは、SEの仕事が好きだから、なようだ。

あーぁ、私も早く、どこかのチームの応援に行きたい。
受け入れ先、ないのかなぁ?

そう思いながら、PCを立ち上げてたら。

「おーい、阿久津(あくつ)ちゃーん、ちょっといいかぁー?」
背筋を伸ばしてモニタの向こうを見ると、マネージャー席の名護屋さんが、私に向かって手招きしている。

名護屋さんは、システム開発グループのマネージャー。
第1から第6までのSEチームと、グループ全体の営業を担う営業チームを率いる各チームのリーダー直属の上司だ。
短髪で、趣味の釣りのせいで年中黒く日焼けしている、精悍なイケメンマネージャー。
もう40代後半になるはずだけど、とてもそうは見えない若々しさで、フットワークの軽い、ついでに口調も中身もやや軽い人で、女子社員のことはみな、ちゃん付けで呼ぶ。
それがセクハラだとか差別だとかの問題にならないのは、ひとえに名護屋さんのキャラクターのせいだろう。
親しみやすく、みんなに愛されていて、憎めない。いや、あの人には言ってもムダだと諦められている、……のかも。

それはさておき、名護屋さんに呼ばれた私は、元気に「はいっ!」と返事して、イスから立ちあがった。
そして、気付いた。
あれ? 名護屋さんの前に、立ってるのって……。

……陣野(じんの)さん!?