27.受賞☆パーティー

晴れて水野さんの彼女になることができたあたしだったけど、新人賞受賞作品を雑誌に載せてもらうための打ち合わせや手直しで忙しくなり、ちっともデートできずにいた。
でも、連日マンガ漬けの日々を送ったおかげで、デビュー作の手直しはなんとか無事に終えられた。

そして、5月下旬。

編集部から一般発売前のできたてほやほやの『みゅーず』が送られてきた。
最優秀新人賞にあたしの名前。
作品もちゃんと載っている。
でも、なんだか偽物みたい。
まだ信じられない気分で、でも嬉しくて、すごく複雑な思いで、気付けば何時間もページをめくっていた。


6月1日。
新人賞の正式発表の日がやってきた。
10時の開店を待って、あたしは本屋へ走った。
売られている『みゅーず』を手にとり、新人賞のページを開く。
あった!
やっぱりあたしの名前と作品が載ってる。
数日前に送ってもらったものと、全く同じ。
あたりまえなんだけどね。
でも……。
もらったものを見るの、と売られているものを見るのとでは、全然違う。
やっと実感できた。
あたし、デビューしたんだ!
本当にマンガ家になれたんだ!!


その週末、あたしは水野さんとデートの約束をした。
会社近くに新しくできた創作和食ダイニングの店で、さっそく『みゅーず』を見せる。
水野さんは新人賞発表のページを開いて、あたしの名前を見つけ、指差した。
「本当だ、載ってる! あらためて、おめでとう」
にっこり微笑まれ、あたしも笑顔になる。

付き合ってはじめてのデート。
大好きな水野さんが目の前にいて、念願のマンガ家デビューも果たせた。
こういうのを無上の幸せって言うんだろうな。
阿多氏が幸福感に浸っていると、水野さんは、そのままパラパラとページをめくり、あたしのデビュー作を読み始めた。

「うわわわわっ!」
慌てて水野さんの手から雑誌を取り上げる。
きょとんとする水野さんに、雑誌をしまいながら苦笑いを返した。
「あー、これは帰りにあげるからさ、マンガは家に帰ってから読んで」
目の前で読まれるのは、明るい場所で裸の身体を見られるのと同じくらい恥ずかしい。
すると、水野さんはニヤニヤし出した。
あ……、なんか怪しい。
俺様スイッチ、入っちゃった?
「かりん、今日はうちに泊まりに来いよ。せっかく付き合い始めたのに、ずっと会えなかったんだからいいだろ?」
出たっ!
プライベートモードの水野さん。
でも断る理由なんてないし、実はそんなこともあろうかとお泊りセットも持ってきてる。
「……うん」
素直に頷くと、水野さんは顔を寄せてきて囁いた。
「あとで、一緒に読もうな」
ああ、やっぱり意地悪……。
でも、どうせなにを言っても勝てっこないんだから、ここはスルーして、話題を変えよう。
「あのさ、ほら、もうすぐ受賞パーティーがあるんだ、20日の日曜日。水野さんは美沙子さんの披露宴に出るんだったよね?」
すると、水野さんは片眉を上げてあたしを見た。
「かりん」
う、この俺様キャラ、どうもまだなじめない。
別に嫌いってワケじゃないんだけど。
ビクビクしながら、返事をする。
「な、なに?」
「名前」
「え?」
「ふたりの時は名前で呼べよ」
「ああ……うん……」
名前で呼ぶのも、まだ慣れてないんだよな。
「水野さん、じゃ、だめ?」
「だめ」
うぅ、しかたない。
「智裕……」
「よくできました」
ニヤリと笑って褒めてくれたけど、なんだかちょっと悔しい気分……。

あたしは一つ咳払いして、話を戻した。
「で、智裕は20日はどうするの?」
「もう出席の返事出してあるからな。披露宴に出るよ」
智裕はあっさりそう答える。
そうだろうなとは思ってたけど、ちょっと、がっかり。
「そう……」
いまだに美沙子さんと智裕の間にあったことを気にしてるあたしって、しつこいかな。
でも、智裕が美沙子さんと会うのは、なんか嫌なんだよね。
あたしが黙り込むと、智裕はあたしの頭に手をおいた。
「もうあれっきり美沙子さんとは何もない。大学時代の先輩っていうだけだ。気にするな」
そう言って、頭をポンポンと優しくなでてくれる。
智裕、なんでもお見通しなんだな。
じっと智裕の目を見つめた。
誠実な眼差しであたしを見てくれている。
意地悪も言うけど、基本的には優しいし真面目なんだよね。
わかってる。
頭ではもう済んだことで、ふたりの間には今は何もないってわかってるんだ……。

あたしは気持ちを切り替えて微笑み、「うん」と頷いた。


そして、受賞パーティー当日がやってきた。
授賞式は11時から。
あたしは、出かける支度を済ませ、仕上げのイヤリングをつけて、部屋の時計を見た。
美沙子さんの披露宴、もう始まってる頃かな?
智裕、今頃、美沙子さんのウェディングドレス姿見てるんだろうな。
一緒に行きたかったな……。
鏡に映る自分のドレスアップした姿に目を移す。
この格好なら披露宴もアリだよね……。
あー、ダメダメ!
今日はあたしの晴れ舞台なんだから。
気持ちを切り替えなきゃ!
あたしはキュッと口角を上げて笑顔を鏡に映し、今日会えるはずの尊敬するマンガ家先生たちに思いを馳せた。


ホテルの会場に着くと、受付に意外な人物を見つけた。
「田所さん!」
あたしが声を掛けると、田所さんは顔を上げ、嫌そうな顔。
「あぁ、あなた。最優秀新人賞おめでとう」
棒読みでお祝いを言われ、苦笑いしてしまう。
「ありがとうございます。でも、どうして田所さんがここに?」
「異動になったのよ。『みゅーず』で働くことになったから、これからよろしく」
えぇっ、田所さんが『みゅーず』で!?
お世話になった方だから、あたしは嬉しいけど、ちっとも「よろしく」という感じではない表情で言われると、どう返事をしたものか困ってしまう。
そんなあたしに構わず、田所さんはてきぱきと自分の仕事を進める。
「受付するから、招待状見せて。あなたは顔見知りだけど、一応決まりだから」
「あぁ、はい」
あたしは招待状を見せ、OKをもらって、そこで田所さんとは別れて、会場に足を踏み入れた。

会場の中では、受賞の連絡をもらってから、ずっとお世話になっている編集部の斉藤さんが待ってくれていた。
「あっ、桜井さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
あたしをはじめ、今回賞をもらったのは、8名。
最優秀新人賞のあたしは、最後に表彰されるらしい。
斉藤さんの指示に従って、待機場所に移動し、式の段取りの説明を受けた。

司会が舞台に上がり、授賞式が始まる。
まずは編集長の挨拶、選考委員の先生方の講評のあと、賞状授与が始まった。
各章の授与が済み、最優秀新人賞のあたしの番が来た。
緊張で足が震える。
舞台は簡易的なもので、ほんの20cmくらいの高さだ。
それでも、ふだん人前に立つことなんてないあたしには、緊張するのに十分な高さだった。
あーぁ、おしゃれして10cmヒールなんて履いてこなきゃよかった。
転ばないように、一歩ずつゆっくり歩を進め、舞台中央へ。
プレゼンターは、あたしの尊敬する超有名マンガ家先生だった。
才色兼備の素敵な方。
ガチガチに緊張して、先生の前に立つ。
目の前で先生がにっこり微笑み、「おめでとう」と賞状とトロフィーを渡してくださった。
「ありがとうございます」
お辞儀をして、そうひと言返すのが精一杯。
あたしが賞状とトロフィーを受け取ると、会場は拍手に包まれた。
うわぁ、こんなに大勢の人に祝福されるなんて、生まれて初めて。
嬉しくてドキドキして、もうなにがなんだかわからなくなりそう。
でも、かろうじて、段取りを思い出した。
賞状とトロフィーを受け取ったら、謝辞を述べるんだったっけ。
ガチガチになりながら、マイクの前に立つ。
正面を向くと、会場の人たちがみんな、あたしを見ている。
ひえ〜、ど、どうしよう……。
たぶん出版社の関係者が多いんだと思うけど、マンガ家先生もいらっしゃるし、カメラのフラッシュもたかれている。
すっごくドキドキする。
でも、ちゃんと喋らなきゃ。
あたしは、意を決して口を開いた。
「本日は素晴らしい賞をいただき、本当にありがとうございました。
受賞作でデビューが出来たこと、とても嬉しく思っています。
今後も、継続していいマンガを描いていけるよう頑張りますので、ご指導のほどお願いいたします。
ありがとうございました」

あたしは深く頭を下げ、会場から盛大な拍手を受けた。
ありきたりだけど、変じゃなかったよね?
大役を果たした気持ちで頭を上げ、舞台袖に向かおうとしたとき、そこにいるはずのない人を見つけて、あたしは驚いた。
「えぇっ、智裕!?」
舞台袖で、ブラックスーツ姿の智裕が、大きな花束を抱えて立っている。
なんで?
美沙子さんの披露宴は?
あまりにびっくりしすぎて、足が止まっていたあたしは、司会者の声に、耳を疑った。
「次に花束贈呈です。桜井かりんさんのご友人の水野智裕様がお祝いに駆けつけてくださいました。どうぞ、お願いいたします」
ええぇっ、聞いてないよ!
そんな話、斉藤さん、段取り説明の時に言ってなかったよね?
あたしは智裕の顔から目を離せずに、立ち尽くしている間に、智裕は悠々と舞台中央へ歩いてきて、あたしに大きな花束を差し出した。
わけもわからず、とりあえず花束を受け取る。
会場からまた盛大な拍手を送られて、あたしは再び正面を見て頭を下げ、やっと舞台から降りることができた。

舞台から離れると、あたしはすぐに智裕を会場の隅に引っぱって行って、詰め寄った。
「披露宴はどうしたの?」
智裕は涼しい顔で答える。
「抜け出してきた」
「ええっ!? そんなことしたら、まずいんじゃ……」
「いいんだ、もともとあまり行きたくなかったし、新郎新婦見ているうちに他人を祝ってる場合じゃないって気づいたからさ。かりんの晴れ舞台に、俺が行かなくてどうするってね」
智裕はそう言い、にっこり微笑んだ。
「あ……ありがとう」
嬉しい。
そんなふうに思ってくれたなんて……。
感極まって智裕を見つめると、智裕はあごを掻いた。
「だけど、舞台に上がらされるとは思ってなかったな」
「ああ、そうだよね、それはどうして? それに招待状持ってなかったでしょ? どうやってここに入れたの?」
招待状を持っていない人は受付で止められたはず。
受賞者のあたしだって、田所さんに招待状見せるように言われたし。
「そこはほら、社長令息の後輩がいるから」
ああ、舜か!
「あいつに電話して、何とか入れるようにしてくれって頼んだら、でかい花束を持って行って受付で名前を言えって言われてさ。で、その通りにしたら、受付の女性にこちらへって舞台袖に案内されて、舞台に上がらされたってワケ」
そういうことか。
納得。
舜が田所さんにそうするよう指示したのね。
舜のヤツ!
そう思っていたら、その田所さんがそばを通りかかった。
智裕が田所さんに気づいて声をかける。
「先ほどはどうも。あのぅ、このあとはどういう流れになっているんでしょうか?」
田所さんは智裕を見ると、にこやかに答えた。
「ああ、先ほどの……。もう授賞式は済みましたから、あとはご自由にご歓談ください。ビュッフェ形式になっておりますので、お食事もお飲み物もご自由にどうぞ」
うわー、田所さんのこんな好感度の高い笑顔、初めて見たかも。
「解散も各自、自由に、ということですか?」
「はい。ただ桜井さんはお帰りの前に、少し今後の打ち合わせがありますが……」
田所さんがあたしを見てそう言うと、智裕は田所さんに礼を述べ、田所さんは会釈して受付に戻っていった。
田所さん、外面はいいんだ……。
っていうか、高飛車なのはあたしにだけ?
あっけに取られて田所さんを見送っていると、智裕が話しかけてきた。
「じゃあ、俺はロビーで待ってるよ。終わったら送っていくから来て」
「あ、うん、わかった」
あたしは智裕を見送ると、憧れのマンガ家先生に声をかけてサインをもらったり、少しお喋りしたりした。
その後、担当の斉藤さんと今後の打ち合わせを少々。
そうこうするうちにだいぶ人が減ってきたので、斉藤さんに挨拶してあたしも会場をあとにすることにした。

受付を通ると、田所さんに声を掛けられた。
「あら、帰るの?」
「はい、お先に失礼します」
受付の周りは閑散としている。
田所さんは辺りを窺い、声をひそめて聞いてきた。
「ねえ、水野さんってあなたと舜君の同僚なの?」
「部署は違いますが、同じ会社の先輩です」
「ふうん。ひょっとして、あなたの彼氏?」
あたしはちょっと照れながら頷いた。
「はい……」
「なあんだ、あなた彼氏いたの! あぁ、そう。そうなの……。あっ、そうそう、舜君に新人賞取れたの、私のおかげってちゃんと伝えておきなさいよ。それと、今日も私のおかげで無事に彼氏が会場に入れたって言っておいてよ」
田所さん、まだ頑張ってるんだ。
舜には相当嫌がられてるはずだけど。
このバイタリティ、ある意味尊敬する……。
あたしは苦笑いしつつ「わかりました」と返事して、ロビーへ向かったのだった。