21.夢☆再挑戦

あたしは、水野さんのことを忘れるために、マンガに専念することにした。

読者層が合わない、という指摘はもっともで、あたしが描いたのは『リリア』読者の小学生向けではなく、中高生向けの内容だった。
あたしが描きたいマンガは中高生向けなんだから、次は投稿先を変えよう。
調べてみると、遊論社の中高生向け少女マンガ雑誌『みゅーず』で新人賞を募集している。
締め切りは4月末。
あと2ヶ月半か。
よし、これにしよう!
あたしは、そこに応募することを目標に、新作の製作に打ち込んだ。

3月も半ばを過ぎ、桜の開花が報じられる頃、あたしは新作を描き終えた。
締め切りまで、まだ1ヶ月、余裕がある。
なんども、前回落選したときの批評を思い出して、手直しをしたけど……。
でも、まだもっと直した方がいいところがあるんじゃないかな。
そんな不安がぬぐいきれない。
とは言っても、自分ひとりで見直ししても限界がある。
誰か、読んで感想を聞かせてくれたら……。
そこまで考えて、あたしはまた舜をランチに誘い、相談してみることにした。

「ねえ、舜、あのあと田所さんにお礼してくれた?」
「ああ、あのあとすぐに食事をおごったよ」
「そっか、ありがとね」
「いや、べつに」
「…………」
「なんだよ、黙り込んで。
かりんからランチに誘ってきたってことは、なんか話があるんじゃないのか?」

舜、察しがいいなあ。
自分から誘ったくせに、いざとなったら躊躇していたあたしだったけど、舜に促されて思い切って言ってみた。

「実は新作を描き終えたの」
「へえ、すごいじゃん。また新人賞に出すのか?」
「うん、そうなんだけど……。
実は、前に田所さんに見てもらったときに『リリア』の読者には合わないって言われたのね。
それで今度は『みゅーず』に新作を投稿するつもりで描き上げたんだけど、ちょっと自信が持てなくて。
で、すごくずうずうしいお願いだとは思うんだけど、投稿する前に田所さんに見てもらえないかと思って」
「田所さんに?」
「うん!
あたしほかにマンガの編集者の知り合いなんていないし。
専門家に見てもらいたいんだ。
一言でもいいし、辛口の批評でもいいの。
直すべきところがあれば、直してから投函したいんだ。お願い!」

こんなの本当はルール違反だろう。
でも、あたしは必死だった。
手を合わせ、頭を下げた。

「しょうがねえなぁ……。ちょっと待ってろ」
しぶしぶ、といった感じだけど、舜は携帯を出し、田所さんに電話をかけている様子。
すぐにつながったようで、事情を話し始めた。
しばらく話していた舜は、あたしに携帯を差し出してくる。
代われってこと?
あたしは携帯を受け取り、耳に当てた。

「もしもし、桜井です」
「またあなたなのね。ずいぶんずうずうしいお願いね。
まあでも、舜君の頼みじゃ仕方ないわ。
明日の夜6時にこの前の喫茶店でいい?」
「はい、ありがとうございます!」
「それと、何か手土産持ってきなさいよ」
あたしは首をひねりながら聞く。
「えーと、何か甘いものでも?」
「違うわよ、私が欲しいのは舜君の情報よ!
彼の好みのタイプの女の子とか、とにかく、彼に関する情報を持ってきなさい。
そうしたら、見てあげるわ」
「わ、わかりました」
「じゃ、明日」
「はい、よろしく願いします!」

あたしは電話を切り、舜に携帯を返した。
「ありがと」
「OKだって?」
「うん、明日の夜、会ってくれるって」
「そう、良かったじゃん」
「うん、ほんとにありがと」
舜にお礼を言った後、あたしは田所さんに聞かれた舜の情報として何を持参しようか考え始めた。
「舜ってさ、シーフード好きだよね」
あたしが舜のオーダーした魚介たっぷりのパスタを指差すと、舜は怪訝そうに頷いた。
「ああ、でも別に何でも食べるけど?」
「そっか、好き嫌いはない?」
「うん、特にないな」
「じゃあ、一番好きな料理は?」
「うーん、寿司かな? 大トロははずせないな」
「ふうん、じゃあ、好きな女の子のタイプは?」
ちょっと飛躍しすぎかなあと思いつつ、質問してみると。
案の定、突飛だったみたい。
舜は眉間にしわを寄せた。
「……かりん、俺とより戻す気になったのか?」
いやいやいや!
あたしはブンブンと首を振る。
「ううん、そうじゃない、そうじゃなくて! ただの世間話だよ、ハハハ……」
「ふうん。でもべつにタイプなんてねーよ。好きになった子がタイプだから」
「そっか……」

うーん、これじゃあ、手土産にならないよ。
でもこれ以上突っ込んだら、明らかに不審がられるよね。
あたしはそれ以上の情報を舜から引き出せないまま、ランチを終えた。

翌日、約束の時間に喫茶店に行き、田所さんに会った。
「まったく、なんで私があなたの原稿を見てあげなくちゃならないのよ」
「すみません」
あたしは深々と頭を下げる。
「で?舜君の情報、何か仕入れてきたんでしょうね?」
ジロリとにらまれ、身を縮めた。
「あ、えーと、好きな料理はお寿司で、特に大トロが好きだそうです」
「ふうん、で? 女の子の好みは?」
「えーと、好きになった子がタイプって言ってました……」

こんな答えじゃ納得してくれないよねぇ。
と思っていたら。
「それじゃあ、意味ないでしょ! もっと具体的に知りたいのよ。
髪は長い方がいいとか、服装はどういう系統が好みとか、そういうのはないの?」

あははは……そうだよねー、そういうのが知りたいよねぇ。
頬を引きつらせながら、どう答えようか必死に頭をめぐらせる。
……あ、そういえば!

「あの、食事とか、飲み物でもいいんですけど、おいしそうに食べたり飲んだりする子が好きって言ってました!」
「へえ、おいしそうに、ね……」

田所さんは遠い目をして、舜と一緒に食事する自分を想像してる様子。
これはお気に召していただけたかも。
まさかあたしが舜に言われたことだなんて、口が裂けても言えないけどね。

「こんどまた、今日のお礼に中村君に田所さんを誘うようけしかけておきますから、そのときに試されてみては……」

舜、ごめん!
あたしのために尽力してくれたのに、そんなあなたを売るあたしを許して!

「そうね、そうしようかしら……。じゃあ、見てあげるわ、原稿貸して」
「はい、お願いします!」
あたしは、田所さんの気が変わらぬうちにと、すばやく新作の原稿を渡した。

読み終えた田所さんがつぶやいた。
「……ねえ、これ今度は『みゅーず』に応募するのよね?」
「はい、そのつもりです」
「だったら……、いいんじゃない?」
「え?」
「だから、『みゅーず』なら対象読者層も合ってるし、前回注意したところは直ってると思うし、いいって言ってるの」
「本当ですか? ありがとうございます!」
嬉しい!
あたしは頭を下げ、テーブルに額をくっつけた。
田所さんに初めて褒められた!

「私は『みゅーず』編集部のメンバーじゃないし新人賞の選考委員でもないんだから確実なことは何も言えないわよ。でも、まあ、いいと思うわ」
「本当ですか?」
「しつこいわね! 女子に二言はないわよ!
もしこれが採用されたら、舜君に私のアドバイスのおかげで受かったって言いなさいよ」
「はい、必ずそうします!」

あたしは田所さんに及第点をもらえて有頂天だった。
舜の話になるとちょっと高飛車な人だけど、田所さんって仕事に対しては真摯に向き合ってる人だと思う。
その人から『いいんじゃない』と言ってもらえるなんて、すごく嬉しい。
これで、一つ、夢に近づけたかも。

その時、ふと思い出した。
「あ、そういえば、中村君の将来の夢ってご存知ですか?」
「将来の夢?」
「ええ、いつか起業したいって言ってました。職種とかはわからないんですけど」
「へえ、それは初耳だわ。今度会ったら詳しく聞いてみなきゃ……。
じゃあ、もういいわね? こういうことはこれっきりにしてよ」
「はい! 今日は本当にありがとうございました」
あたしはまた田所さんに頭を下げた。
口ではブツブツ言いながらも、ちゃんと見てくれた田所さん、本当にいい人だなぁ。あたしは心から感謝した。


翌日、あたしは会社で舜に田所さんに会った報告をした。
「一度失敗してるから不安だったんだけど、田所さんに認めてもらえて、原稿を送る勇気が出たよ。
舜と田所さんのおかげ。本当にありがとう」
「そっか、よかったな」
「うん、できれば舜、もう1度田所さんにお礼言っておいて。
あたしがすごく喜んでたって」
「ああ、わかった」
「舜も、本当にありがとね」
「おお」


その日、あたしは原稿を『みゅーず』に送った。

今度こそ、入賞しますように!