18.クリスマス☆イブ

社員旅行から帰ってきてから、あたしは水野さんにアドバイスしてもらったとおり、時間を有効に使ってマンガ製作に打ち込んだ。
仕事との両立は正直きつかったけれど、新人賞締め切りの12月末まであと約1ヶ月。
無我夢中で描いた。
社員旅行中に気づいた水野さんへの想いは、無理やり胸の奥にしまいこんだ。
今は、恋はお預け。
まずは夢実現の第一歩のために、マンガを描き上げよう。
その一念で、打ち込んだ。
幸い、12月に入ってからは仕事が一段落したので、残業もピーク時より減っている。

そうして、とうとうあたしは1本のマンガを描き上げた。


原稿を投函したのは、クリスマスイブの土曜日の午後。
「どうか入賞しますように!」
あたしはポストに向かって手を合わせたあと、よく晴れた冬空に向かって大きく伸びをした。
「あー、終わったぁ」
まるで試験会場から出てきた受験生のような開放感。
合否の行方はわからないけれど、とりあえず全力を出し切った。
あとは結果を待つのみ!

帰り道、ふと見回せば、どの店にも『Merry X'mas』の文字がある。
あーぁ、今年はクリスマスの予定なんて、考える余裕なかったもんなぁ。
何の予定もないイブ。
せめて、クリスマス気分だけでも味わいに、テレビでやってた並木のイルミネーションでも見に行こうかな。
あたしはいったん家に戻り、久しぶりにおしゃれして気分を盛り上げ、夜の街に繰り出すことにした。

有名な大通りの並木に、何万ものLEDの幻想的な光がきらめいている。
テレビで見たのより、本物は何倍もきれい。
感激しながらイルミネーションを見上げ、たくさんの人の流れに乗って、ぶらぶらと並木道を歩く。
ジングルベルの音楽や、キラキラ光るウィンドウ、楽しそうな人達。
歩いているだけでウキウキしてくる。
それにしても、恋人同士が多いなぁ。
まぁ、イブだしね。
でも、いちゃつくカップルの間を一人で歩いてたら、だんだんむなしくなってきて、あたしは歩道橋に上がった。

「うわあ、きれい!」
高いところから眺める夜景は、視野が広がって更に美しい。
うーん、もしこの景色をマンガに描くとしたら、どうやって表現するかなぁ……。
この1ヶ月で、すっかりマンガモードになってる頭は、ついそんなことを考え始める。
そんな自分の発想に気づき、思わず苦笑い。
あぁ、でも、ホントにきれい。
イルミネーションに加えて、車のヘッドライトやテールランプもキラキラして。
うっとり、その光景に目を落としていると……。

「あれ? かりんちゃん?」
えっ?
まさか、この声!?
顔を見なくてもわかった。
飛び跳ねる心臓を押さえつけて、ゆっくり振り向く。
やっぱり。
「水野さん……」
いつも会社で見るコート姿の水野さんが、「やあ」と笑顔で近づいてくる。
ウソ。こんなところで会うなんて!
内心の動揺を抑え、平静を装って話しかけた。
「お仕事だったんですか?」
あたしの問いかけに、水野さんは頷く。
「急なトラブルで呼び出されてね。でも、無事復旧して、今、解放されたとこ。
かりんちゃんは……、待ち合わせ?」
水野さんの質問に、ブンブンと首を振る。
「いえ、違います。
実は、今日やっと応募するマンガの原稿が出来上がったんで、リフレッシュしにイルミネーションを見に来たんです」
あたしがそう言うと、水野さんは目を丸くして祝福してくれる。
「とうとう完成したんだ。おめでとう! 頑張ったね。
でも、そんな祝福すべき聖夜なのに、一人なの?」
あたしは苦笑しながら首をすくめた。
「はい、ここのところずっと原稿描くのに夢中だったんで、クリスマスのこと、すっかり忘れてて。
誰とも、なんにも、約束してなかったんです」
すると、水野さんは慌てたようにケータイを取り出した。
「そうなんだ。じゃ、あの、ちょっと待っててくれる?」
そう言い、その場でどこかに電話をかけ始める。
「あ、水野です。お疲れ様です!
藍上アートさんのシステム、無事復旧しました!
えっとー、もし何もなければ、このまま直帰したいんですけど。
……いやぁ、別にそういうわけじゃないですよ。
……はい、はい、わかりました! じゃあ、失礼します!
お疲れ様でした!」
どうやら会社にかけたみたい。
相手は、大前リーダーかな?
水野さんはケータイをしまうと、あたしに微笑みかけてきた。
「直帰できることになったから、かりんちゃんの原稿完成祝いに、何かおいしいもの食べに行かない?」
ええっ、ほんとに!?
信じられない!
ここで会えただけでもラッキーって思ってたのに、今夜一緒にいられるの?
イブに水野さんとデート!? う、うれし〜〜〜〜!
あたしは自然と緩む口元を隠すことができず、笑顔で頷いた。
「はい!」

水野さんに促され、そこから歩いてすぐのビルにふたりで入ると、水野さんはあたしに聞いてきた。
「ここって、来たことある?」
そこは最近オープンしたばかりのファッションビルで、日本初の人気ブランド直営店が入ったことが、テレビや雑誌で話題になっていた。
「いえ、最近はずっと家にこもっていたので……」
知ってはいたけれど、来たのは初めて。
「僕も初めてなんだよね。でも、女の子にすごい人気なんでしょ?
僕は全然わからないんだけど、さっき行ってた会社の担当が女性でね、
ここの何とかって店のマカロンがオススメだって言ってたんだけど、かりんちゃん、知ってる?」
「あぁ、それなら、フランスのトップショコラティエの出したお店のだと思います」
あたしは雑誌の記事を思い出しながら言った。
一度食べてみたいと思ってたんだよなあ……。
「かりんちゃん、マカロン、好き?」
「はい、大好きです!」
「よし!」

水野さんはインフォメーションで聞いて、目的の洋菓子店を見つけると、マカロンの詰め合わせを買った。
ピンク、レモンイエロー、ライムグリーン……。
カラフルで可愛くて、おいしそうなマカロンたち。
可愛いらしいそれらが入った箱を購入すると、水野さんはそれをあたしに差し出した。
「はい、お祝いにプレゼント。目の前で買ったもので申し訳ないけど」
申し訳なさそうに言う水野さんに,あたしは大きく首を振った。
「ええっ、そんな、いいんですか?
すごく嬉しいです。ありがとうございます!!」
思いがけないプレゼントに、舞い上がる。
嬉しすぎる〜。
水野さんから、プレゼントまでもらっちゃった!
マカロン、もったいなくて、食べられないかも……。
大好きな人から初めてもらったプレゼントだもん。
水野さんにとっては、些細なお祝いかもしれないけど、あたしにとっては、すごく貴重。
しかも、今夜はイブだし。サプライズでクリスマスプレゼントもらった気分。
信じられないくらい幸せ……。
あたしは水野さんにもらったマカロンの箱を大切に胸に抱えた。


「じゃ、カンパーイ! 完成、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
あたし達は、サワーのジョッキで乾杯した。
場所は、安い早いうまい、が売りの、チェーン店の居酒屋。
クリスマスイブの今夜、おしゃれな街で予約なしで入れるレストランはなく、待たずに入れたのはここだけだったから。
「悪いね、もっといいとこでおごろうと思ったんだけど」
「いえいえ、十分です!」
だって、あたしにとっては、水野さんと一緒なら、どんな店だって天国だもの。
390円のレモンサワーだって、水野さんと乾杯すればシャンパン以上においしい。
「でも、イブに、僕と居酒屋なんかで本当に良かった?」
「もちろんです!
夜景だけ見たら、フライドチキンとケーキでも買って帰って、家でひとりで食べるつもりだったんですから」
あたしがそう答えると、水野さんは心底意外そうな顔。
「えっ、そうなの?
かりんちゃんなら、イブ当日だって、デートとかパーティーとか、いくらでも誘いがありそうなのに」
あたしは苦笑いしながら首を振る。
「いえ、今年はとにかく原稿第一だったんで、本当にクリスマスのことは全然考えてなったんですよ」
「そっかあ……」
あたしは話の流れに乗って、ちょっと探りを入れてみた。
「水野さんこそ、デートのお誘い、たくさんあったんじゃないですか?」
すると、水野さんはさらっと答えた。
「いや、デートの誘いはないけど、美沙子さんにパーティーには誘われてたんだよね。でもさっきの仕事が入って、ドタキャンしたんだ」
「ええっ、じゃあ、今からでもそちらに行かなくていいんですか?」
「んー、そうだねぇ……、でもまぁ、いいんじゃない?」
水野さんには珍しく、歯切れの悪い言い方。
ホントにいいのかな?
でも、水野さんが美沙子さんのところに行かずに、あたしと一緒に過ごしてくれるなら、すごく嬉しい。
わざわざ、この幸せを自分から手放さなくてもいいよね?
美沙子さんのことは、もう口に出さないことにしよう。

居酒屋でも、今日は特別に、クリスマスメニューでチキン料理がいろいろあった。
あたしも水野さんも可愛らしく赤と緑のリボンで飾られたチキンをほおばり、お酒と料理を堪能した。
「で、今日送ったマンガの新人賞の結果発表はいつなの?」
「2月1日です。
入賞者には賞金もでますし、受賞作がマンガ雑誌に掲載されるんですよ」
「へえ、楽しみだね。入賞したら、またお祝いしないとな」
「えー、どうなるか……。でも、ありがとうございます」
本当にそうなったら最高に嬉しいけど。
「そういえば、かりんちゃんと飲むの、社員旅行以来だよね」
「あ、そうですね……」
そう言われ、一緒に過ごした一晩を思い出して、一気に顔が熱くなる。
「あの時のこと、ちゃんと詫びたかったんだけど、なかなか機会がなくてさ。
でも、ずっと気になってたんだ。あの時は、迷惑かけてホントにごめん」
少し照れくさそうにそう言って、水野さんは頭を下げてくれた。
あたしは慌てて手を振る。
「いえ、そんな、気にしないでください! あれは、あたしが悪かったんですから!」
あの日、ベッドの中で水野さんに抱きしめられた感覚は、今でも覚えてる。
つい思い出して、ますます顔が熱くなった。
ふわぁ、なんかドキドキしてきた。
アルコールのせいもあるかな?
見ると、水野さんの顔もほんのり赤くなり始めている。
水野さんも、酔いが回ってきてる?
あたしはお酒の勢いを借りて、ずっと気になっていたことを冗談めかして聞いてみることにした。
「そういえば水野さん、あの時、あたしを誰か他の人と間違えませんでした?
なんか女の人の名前呼んでましたよ」
あたしがそう言うと、水野さんは目を見開き、慌てた様子。
「え? まじ? なんて言ってた?」
もしかして、心当たりあるのかな?
ちょっぴり後悔。
彼女の名前だったらどうしよう……。
うわ、自分から話を振ったくせに、ドキドキしてきた。
でも好奇心に勝てず、あたしは思いきって言った。
「『みーこ』とかなんとか。彼女さん、ですか?」
すると、とたんに水野さんはほっとした表情を浮かべた。
「ああ、なんだ、ミーコか。ミーコは実家のネコなんだ」
「えっ、ネコ、ですか?」
「うん。実家では、僕がミーコに一番好かれててね。
よく僕のベッドにもぐりこんできて一緒に寝るんだよ。
湯たんぽみたいであったかいんだ。もう、おばあさんネコなんだけどね」

彼女じゃなかった……。
そっか、ネコだったのか。
ほっとしたぁ……。
「あたし、てっきり水野さんの彼女の名前かと思ってました」
あたしがそうもらすと、水野さんは大笑い。
「いやいや、今、恋人いないし」
えっ、そうなの?
恋人、いないの?
ネコと聞いて、すっかり気持ちの軽くなったあたしは、思い切って、気になってることを全部聞いてしまうことにした。
「でも、そうは見えないです。
ほら、社員旅行の時もあたしの同期の子達に水野さん人気あったし、大前さんも水野さんはモテるって言ってらしたし。
前に、総務の先輩と一緒にランチ行ったりしてたのも見かけましたよ?」
ドキドキしながら水野さんの返事を待ってると、水野さんはチューハイのジョッキを傾けて、軽く答えた。
「いやいや、ほんとに独り身だから。
僕はいい友達、で終わっちゃうタイプみたいでさ。
ランチに行ったりする女友達はいるけど、それ以上にはならないんだよ。
総務のって、前にすれ違った時のことでしょ?
彼女は同期なんだけど、彼女だけじゃなくて同期の子とはよくランチとか飲みに行ったりとかするけど、それだけ。
男として見られてないんだよ、僕は」
えー、そんなことはないでしょ。
みんなしっかりアプローチしてるって。
水野さん、気づいてないのかな。
いや、それはないよね。
気づいてるけど、タイプじゃないからあえてスルーしてるとか?
でも、男として見られてないって、水野さん、本気で言ってるっぽい。
もしかして、水野さんって、天然?
だとしたら、ちょっと手ごわいかも……。
あたしの気持ちにも、全然気づいてないんだろうなぁ。

あたしがそんな風に考えてちょっとへこんでると、水野さんのケータイが鳴った。
「ちょっとごめんね」
水野さんは後ろを向き、電話に出る。
「はい。え、今ですか、今はちょっと知り合いにばったり会って……。
え、今からですか? いや、今日はもう、ちょっと。
すみません……はい、また別の機会に。はい……失礼します」
水野さんはケータイを切り、あたしに向き直る。
苦笑しながら、教えてくれたのは……。
「美沙子さんだった。今から来ないかって言われたけど断った」
え、断った?
なんだか、申し訳ないなぁ。
美沙子さんの方が、先約だったんだよね。
「あの、あたしだったら構わないですよ。
もう帰りますから、美沙子さんのとこにいらしてください」
あたしがバッグを手にして腰を浮かせると、水野さんは慌ててあたしを押しとどめる。
「いや、違うんだ。かりんちゃんのために断ったんじゃないんだ。
ホントは、ちょっと気まずくて、行きたくないんだよ」
「え?」
行きたくない?
なんで?
美沙子さんとけんかでもしたのかな?
あたしは、水野さんの顔をまじまじと見た。
なんだか、苦しそうな表情。
すると、水野さんはあたしを座らせ、話し出した。
「実はさ、美沙子さん、婚約してね。今日は、その婚約発表も兼ねたパーティーなんだ」
「そうだったんですか」
婚約発表パーティー……。
それに行きたくないってことは、もしかして、水野さん、美沙子さんのこと……?
あたしが、そんな風に考えていると、水野さんは言葉を続けた。

「相手の男性のことは、僕も美沙子さんから飲みに行くたびにのろけを聞かされててさ、会ったことはないんだけど、よく知ってるんだ」
「はぁ」
「もう1年くらい付き合ってんのかな?
で、1ヶ月くらい前にまた例のごとく美沙子さんに呼び出されて二人で飲んだときに、婚約するって聞かされたんだ」
「そうなんですか」
「で、おめでとうございますって乾杯したんだけど……」
「ええ」
そこまで話して、水野さんは下を向いて黙ってしまう。
あぁ、やっぱり、水野さん、美沙子さんのこと?
そうかもって、考えたことは何度もあるけど、本人の口から聞くと、やっぱりこたえるなぁ。
それでも、あたしは沈黙に耐えられなくて、口を開いた。
「もしかして水野さん、美沙子さんのことが好きなんですか?」

驚いた表情で顔を上げた水野さんは、すぐに否定の言葉を口にした。
「いや、違う違う! 逆だよ……その逆なんだ」
逆?
あたしは首をひねった。
逆って、どういうこと?
水野さんは、目を伏せて、苦しそうに答えた。
「美沙子さんに呼び出された日、バーを出て、美沙子さんをタクシーに乗せようとしたら、いきなり美沙子さんにキスされたんだ。
ずっと好きだったって言われて……」
「は?」
ど、どういうこと?
美沙子さん、婚約したんだよね? それなのに、水野さんにキス?
今度はあたしが驚く番だった。
「ねえ、かりんちゃん。
女の人って、これから結婚しようっていうのに、他の男に、好きだって言えちゃうもんなの?」
水野さんに真剣な表情で聞かれ、あたしは固まってしまった。

ちょっと、頭の中を整理しよう。
美沙子さんは婚約が決まった。
相手は水野さんも知ってる人らしい。
しかし、美沙子さんは水野さんに好きって告白して、キスしてきた。
……ってことらしい。
「えっと……」
あたしは答えに窮し、なにも返せない。
水野さんは、チューハイをあおってやけ気味に話を続ける。
「美沙子さんが言うには、本当はずっと僕のことを好きだったんだって。
でも、僕がちっとも気づかないから、他の男と付き合って気を引こうとしたけど、それでも僕が何の反応も示さないから、婚約まで来ちゃったって。
で、これが最後だから、抱いて欲しいって。
女に恥をかかせないでって。
そこまで言われたら僕も男だし、美沙子さんのことは尊敬する素敵な女性だと思ってたし……。
でも、そんなことがあったのに、婚約披露パーティーに来いって。
どんな顔して行けばいいんだよ。美沙子さんがわからないよ」

はぁぁぁぁ?
あたしは絶句した。
今、水野さん、さらっとすごいこと言わなかった?
抱いて欲しいって言われて、僕も男だしって……。
つまり、エッチしちゃったってこと、だよね?
キス、だけじゃなかったんだ……。
いや、突っ込みどころはいっぱいあると思うけど、あたしが一番ショックだったのはそこだった。
水野さん、美沙子さんのこと、抱いたんだ……。

水野さん、別に美沙子さんのこと好きなわけじゃないんだよね?
それなのに、恥をかかせないでって言われたら抱いちゃうの?
それって、どうなの?

……イヤ!
不潔!
ヤダーーーーッ!

あたしは、不快を顔に出さないように、必死に努力した。
もうそのあとは、何を食べ、何を飲んだのかちっとも覚えていない。
すぐに帰ってしまいたかったけど、それじゃ、あまりに子供じみてる。
あたしは平気なフリをして、「女の人の考えがわからない」って落ち込む水野さんに、当たり障りのない返事をして、お酒につきあった。
居酒屋を出たとき、もう1軒行く?と聞かれたけど、もうムリって思ったあたしは、送ってくれるという水野さんを丁重にお断りして、ひとりで帰った。

あーーーーーっ、むしゃくしゃする!
美沙子さん、なんで婚約が決まったっていうのに、この期に及んで水野さんに告白したりするのよ!
婚約者を選んだんだから、水野さんのこと好きだったって想いは、自分の胸だけに収めとけばいいじゃん!
水野さんも、なんで美沙子さんを受け入れちゃうのよ!
婚約者がいる人を、受け入れちゃダメじゃん。
誘われたって、ダメだって断ってよ!
もうっ!!
ああああああ!
水野さんも美沙子さんも、だいっきらいだぁぁぁ!!


ああ、だるい……。
もうすぐお昼か……。
翌朝遅くに目を覚まし、枕元に置いてある目覚まし時計で時刻を確認したあたしは、何もする気が起きず、そのままベッドの上で天井を見ていた。
どうせ今日も休みだし。
水野さん……。
はぁぁぁ……。
何度ため息をついたところで、水野さんが美沙子さんを抱いた、という現実は変わらない。
なんでエッチしちゃうかなぁ……。
水野さん、そんなことする人だと思わなかったのになぁ。
すごく紳士的だし、真面目な人なのに。
でも、水野さんも一人の男だったっていうことよね。
あたしだって、バージンってワケじゃないし、他人のことをそんな風に言えた立場じゃないけどさ。
…………。
……。

あ!
ああっ!!
あたしっ!!!
他人のこと言えた立場じゃないんだった。
あたしだって、秋山さんとも、舜とも、エッチしたじゃん。
好きだって言われて浮かれて、自分もその気になって。
本当に愛してるわけじゃないのに。
それなのにあたしは、秋山さんとも舜とも寝たんだ。
同時期に二股かけて……。

うわぁ……。
あたし、サイテー……。
水野さんと美沙子さんのことを、不潔、なんて言う資格、あたしにはないじゃん。
それを言うなら、あたしの方がずっと不潔だよ。

昨夜、水野さんは、美沙子さんの考えがわからないって悩んでた。
美沙子さんのしたことと、あたしのしたこと、似たようなもんだよね?
美沙子さんは、婚約者と水野さん。
あたしは、秋山さんと舜。
二股かけたのは、一緒。

もし、水野さんが、あたしのしたことを知ったら、どう思うだろう?
やっぱり、理解できないって思われるよね?
淫乱な女だって、軽蔑されるかも。
嫌われることはあっても、好きになってもらうなんて、絶対無理だ!
あたしにはm水野さんの隣に立つ資格なんてない。
ああ、あたし……、最悪。

水野さんのこと、諦めよう。
こんなあたしじゃ、水野さんに好きって告白する資格もないよ。
幸か不幸か、水野さんはあたしの気持ちに、これっぽっちも気づいていない。
偶然会ったりしなければ、しょっちゅう一緒に飲みに行くほど親しくもない。
今のうちなら、諦められる。
うん、今ならきっとまだ大丈夫。
水野さんのことは忘れよう。
そうしよう。
そうしなきゃ、ね……。
あーぁ、あたし、なんて馬鹿だったんだろ。
こんなことになるなんて……。
でも、自業自得、だよね。

あーーーー、あたし、最低最悪だぁ!!