17.社員☆旅行

舜と別れて、2週間後。
あたしは、社員旅行に来ていた。

「はい、桜井さんは117号室ね」
ロビーでキーを受け取り、部屋へ向かおうとすると、慌てて幹事の同僚に呼び止められた。
「あ、桜井さん、ごめん、ちょっと待って。
実は同室の子が、急病で来られなくなってね。
ツインに一人なんだけど大丈夫かな?」
今夜はガールズトークに花を咲かせようと楽しみにしてたんだけど、病気じゃ仕方ないよね。
「はい、構いませんよ。
こんな素敵なリゾートホテルのツインを独り占めできるなんて贅沢、めったにできませんから堪能します!」
そう笑顔で答えると、幹事はほっとした様子。
「そう言ってくれると助かるよー。
夜は全員、宴会場で飲み会だから、部屋では寝るだけだろうけど、もしさみしかったら俺が慰めて……」
「あー、はいはい、全然さみしくないですから、ご心配なく!」
あたしはセクハラもどきな発言をさえぎってかわし、苦笑いしながら部屋へ向かった。

夜、同期の友人達と一緒に宴会場に向かったあたしは、広間を見渡してウキウキした。
広い座敷に、社員およそ100名分のお膳が整然と並べられている。
こういうの、テレビで見たことある〜。
席は決められているようで、お膳に、部署と名前の書いた札が置いてある。
どうやら、グループごとになってるみたい。
あたしの席は一番端で、会社同様、隣は舜。
同期の友達と一緒に食べられると思ってたのに、ちょっと残念。
でもまぁ、会社のイベントだし、しかたないか。
席に着くと、さっそく幹事の司会で宴会が始まった。
社長の挨拶が済むと、すぐに乾杯。
「新人は、顔見せに一通り注いで回って来い!」と先輩に言われ、あたしはビール瓶を持って広い座敷を回る。

一周して席に戻ってみると、先輩達は隣同士楽しそうにお喋りしながら盛り上がっていた。
ただ、隣の舜はまだお酌に回っているようで、姿が見えない。
舜、まだ戻ってきてないけど、おなかすいたし、先にいただいちゃおっと。
お刺身に天ぷら、焼き魚に煮物、どれもおいしそう!
あたしは、お膳に並ぶ料理に、目を輝かせた。
そのとき、突然、目の前にビール瓶が差し出された。
「一杯、どうぞ」
「あっ、すみません!」
慌てて顔を上げてコップを差し出すと、注いでくれたのは水野さんだった。
「わっ、ありがとうございますっ。水野さんもどうぞ!」
水野さんにビールを注ぎ返す。
「ありがとう。どう最近は?
秋山さんがいなくなって忙しそうだったけど、そろそろ落ち着いてきた?」
水野さんは、今でも仕事でうちのチームに顔を出すことはあるけれど、あたしは直接一緒に働いているわけではないので、話をするのはおよそ1ヶ月ぶりだった。
「はい、おかげさまでやっと慣れてきました」
「そっか、それなら良かった。
ね、ちょっとここにしばらくいてもいいかな? 今、向こうから逃げてきたんだ」
水野さんは、自分のチームの方をそっと振り返る。
「ええ、構いませんけど、どうかされたんですか?」
「いや、先輩がもう、結構出来上がっちゃっててさ」
水野さんの所属する営業チームを探すと、女性社員がきゃあきゃあ言っている一角があった。
そこで、あたしの目に飛び込んできたのは、中年のおじさんのたるんだおなか!
もしかして、あれって……裸踊り!?
「……大変なことになってるみたいですね」
「僕はああいうの、ちょっと苦手なんだよね」
「あー、あたしもです」
あたしと水野さんは、顔を見合わせて苦笑いした。

あたしは、以前、水野さんと一緒に飲みに行って以来、再びマンガを描くことを決めたものの、実際には仕事が忙しくてちっともはかどっていなかった。
せっかく水野さんがここにいてくれるって言うんだから、ちょっと話を聞いてもらおうかな……。
「あの、水野さん、もしよかったら、相談にのってもらえませんか?」
水野さんは、あたしの顔を見て微笑む。
「相談? もちろん。僕でよければ」
よかった。
あたしは、姿勢を正して話し始めた。

「先月、食事に行ったときに、水野さんの夢を教えてもらったじゃないですか。
あたし、あの時は恥ずかしくて言えなかったんですけど、本当はあたしにも夢があるんです」
「へえ、かりんちゃんの夢って?」
「マンガ家になること、なんです」
笑われるかな、とちょっと心配しながら打ち明けたんだけど、水野さんはそんなそぶりは全く見せず、興味深そうに聞いてくれる。
「へえ、面白そうだね。ずっと描いてるの?」
あたしは真面目に聞いてくれる水野さんにほっとして、先を続けた。
「学生時代は、部活でやってたんです。
会社に入ってからも、趣味程度に時々描いてはいたんですけど。
でも、水野さんの話を聞いて、やっぱり本格的にやりたいって思って」
「ふうん、いいんじゃない?」
「それで、12月末締め切りの新人賞に応募してみようと思ってるんですけど、仕事が忙しくて、時間がなくてちっとも描けてなくて……」
「そうなんだ」
「水野さんの場合は、仕事でトップを取るっていうのが夢ですから、今の仕事の延長線上に夢がありますよね?
でも、あたしはそうじゃないから、ダメなのかなあって。
いっそ会社を辞めて、チャレンジするべきなのかなあとかも考えてて……」
「うーん、そうだなあ……」
水野さんは腕組みをして、真剣に考えてくれる。
そして、腕組みをとくと、あたしの目をまっすぐに見た。
「かりんちゃん、こういう話知ってるかな?
チャンスの女神に後ろ髪はない、っていうの」
チャンスの女神の後ろ髪?
あたしは首を振った。
「いいえ、初めて聞きます」
「チャンスってさ、いつでもどこにでも転がってるもんじゃなくてね。
前からチャンスの女神が走ってきた!と思ったら、すぐにその前髪をつかまないと、そのチャンスを自分のものにできないんだって。
どうしようって躊躇して、前髪をつかみ損ねて、やっぱりつかまなきゃって、走り去ろうとするチャンスの女神の後姿を追いかけてもチャンスの女神に後ろ髪はないから、つるつる手がすべって、つかめないんだって」
「なんかすごい話ですね……」
あたしはその映像を想像して、思わず笑ってしまう。
「うん、面白いたとえだよね。
でも、それくらい、チャンスって、あっという間に自分の前をすり抜けて行ってしまうものなんだっていう、教訓なんだよね。
その貴重なチャンスをものにできるやつが、成功するらしいよ」
「へえ……」

「今、自分の夢を追いかけようと決心したことは、かりんちゃんにとって、大事なチャンスなのかもしれないって、僕は思うんだよね。
だから、仕事が忙しいからってためらってちゃ、そのチャンスを逃してしまうんじゃないかな?」
「はい……」
あたしは神妙に頷く。
「だけど、会社を辞めることがその答えなのかな?とも思うんだ。
時間、本当にないかな?
僕もね、何年か前に、時間が足りないって愚痴をこぼしてたら、時間は自分で作るもんだって、リーダーに叱られたんだ。
朝、少し早起きする。
電車の通勤時間を使う。
昼食後の休憩時間を使う。
何かと何かの合間の、ちょっとした時間もバカにできないよ。
意識すると、案外時間って作れるもんだよ」
そっか、時間は作るもの……。
あたしは、自分の甘さを反省した。
もっともっと、真剣に頑張らなきゃダメだ……。

そんなことを考えていたから、急に現れた人物が、すぐ近くに来て声をかけてくるまで、まったく気づかなかった。
「おいおい、今度はその子を口説いてるのか?」
「あ、大前(おおまえ)さん!」
水野さんがその人物を振り返って、姿勢を正す。
それは、あたしも顔は知っている、水野さんの営業チームの大前リーダーだった。
「お疲れ様です!」
あたしも背筋を伸ばして挨拶した。
話したことはないけど、見るからにエネルギッシュなオーラを発している人だ。

「本当に水野のまわりには、可愛い子が集まるなあ。
君、秋山がいたとこの新人の子だろ? 君も水野のファンか?」
「えっ、あの、あたしは……」
あたしが大前さんの迫力に負けてうまく答えられないでいると、水野さんが助け舟を出してくれた。
「違いますよ、大前さん。ここには僕の方から挨拶に来たんですよ。
彼女のグループには、ABCコーポレーションさんの件でお世話になってるんですから、変なこと言わないで下さい」
でも、大前さんは一歩も引かずに、水野さんの脇をつつく。
「ほんとかあ? この色男が!
さっきだって、経理だか人事のキャピキャピしたのがおまえんとこに群がって、騒がしいのなんの。
ちょっとはこっちにも回せよ」
「何言ってるんですか、僕なんかより大前さんの方がずっとモテるじゃないですか。
さっきの子たちだって、みんな大前さんのトークに釘付けだったから、僕、こっちに来たんじゃないですか」
「いや、あのピーチクパーチクは耳が痛くなってだめだわ。ところで君、名前は?」
さすが営業マン、ポンポン飛び出る二人のマシンガントークに目を丸くしていたら、急に名前を聞かれ、びっくり。
「ああ、桜井です!」
水野さん一人の時は感じなかったけど、二人のテンポのいい掛け合いを聞いていると、二人ともいかにも営業の人って感じ。
大前さんは、その後も口を閉じることなく喋り続ける。

「桜井っつったら、総務の桜井の親戚か?」
「いえ、違います」
「んじゃ、下の名前は?」
「かりんです」
「かりんちゃんか。いつも水野が世話になってるね。
ああ、そういえば、中村舜ってのがここにいたろう?
あいつのプレゼン資料、よかったなあ。なあ、水野」
「はい、よくできてましたね」
「舜ってのは、どいつ? かりんちゃん」
「あ、今、席はずしてて……」

あたしは広い座敷を見渡し、舜を探す。
あ、いた!
「あそこで3人の女子に囲まれてるのがそうです」
少し遠くの席で、同期の女子と喋っている舜を指差すと、大前さんは、突然、よく通る大きな声で舜を呼んだ。
「おーい、中村舜、ちょっとこっち来ーい!」
すると、舜は「はい!」と大きな声で返事をして、はじかれたように立ち上がり、急いで戻ってきた。
「はい、なんでしょう?」
舜は何事かと硬い表情で、大前さんの前に正座する。
「おまえが、中村舜か?」
「はい!」
「俺のことは知ってるか?」
「はい! 営業グループ第2チームの大前リーダーでいらっしゃいますよね」
「おお、知ってるか。
前に作ってもらった、ABCコーポレーションの資料、あれよかったわ。
一度、おまえとも飲んでみたかったんだよ、まあ飲め」
「はい、あリがとうございます!」
呼ばれた理由がやっとわかった舜は、硬かった表情をゆるめ、注がれたビールを一気に飲んだ。

「お、イケる口みたいだな。よし、どんどん飲め! ほら、水野も飲め!」
大前さんは機嫌よく、二人にビールをすすめ始めた。
すると、しばらくこっちの様子を窺っていた、さっき舜と喋っていた同期の女子たちが近づいてきた。
「あのー、ご一緒させていただいていいですかあ?」
「おお、いいぞいいぞ!」
同期の中でも可愛い系の3人組は、ふだんはあたし達とは働くフロアが違う、コールセンターのメンバー。
それぞれが自己紹介して、なんだか合コンみたい。
大前さんは相当お酒に強いようで、自分もおおいに飲みながら、舜と水野さんにもどんどん飲ませ、面白おかしい話で女子を笑わせた。
女子は大前さんの話にも大爆笑でウケていたけど、イケメンの水野さんにも興味を持ったようで、やがて水野さんを質問攻めにし始めた。

「水野さんって、お休みの日はどんな風に過ごしてるんですかぁ?」
「うーん、ドライブとか」
「へえー、ドライブなんていいなぁ。車、何乗ってるんですかぁ?」
「え、普通の国産車のセダンだよ」
「ドライブってことはデートで?」
「いや、ひとりで」
「えー、ほんとにひとりぃ? 信じられなーい、彼女いそぉ〜」

3人とも、ときどき上目遣いに水野さんを見たり、さりげなくボディタッチしたり。
うー、あの媚、あたしも見習うべき?
3人とも、彼氏いるはずなんだけどなぁ……。
あー、なんかモヤモヤする!
さっき舜と3人が喋ってるのを見ても何も感じなかったのに、水野さんを取り巻いているのを見てたら、イライラしてきた。

舜と大前さんはすっかり意気投合し、お互いに手酌でビールを飲み始めている。
水野さんは、3人に囲まれて、身動きできない状態。
あたしはどんどん空になるビール瓶を片付けては、新しいビール瓶を運んだりと、すっかり仲居役。
なんだかなぁ……。
と、そのとき。
舜と飲んでいた大前さんが、女子3人に囲まれている水野さんに気づいた。
「ほんっと、おまえは女の子を独り占めにするやつだなあ、ほれ、飲め飲め!」
大前さんは、水野さんに一気飲みを強要し、コップが空になると、またすぐに注ぎ足す。
すでにずいぶん飲んでいるのに、更に飲まされて、水野さん、もうフラフラじゃない?
大丈夫かなあ?
心配だったけど、リーダーの大前さんを止めるわけにもいかず、あたしはヒヤヒヤしながら見守ることしかできない。
大前さんが水野さんを標的にし始めたのを見て、同期3人は、再び舜に群がった。
うわぁ、切り替えが早いというか、空気を読むのがうまいというか……。

しばらくすると、よれよれになった水野さんがトイレに立った。
うわ、水野さん平気かなぁ。
ふらつく水野さんが心配で、空のビール瓶を片付けるついでに、様子を見に、席を立った。

男子トイレのそばで待っていると、水野さんがよろめきながら出てきた。
「水野さん、大丈夫ですか?」
「ああ、かりんちゃん。うーん、だいぶ飲まされたなぁ。俺、もうだめかも……」
もうほとんどまぶたがくっついている状態の水野さんに、あたしは肩を貸した。
「あの、無理しないで、部屋に戻って休まれたらいかがです?
お部屋、何号室ですか?」
でも、水野さんはもう答えられる状態ではないみたいで、意味不明なことをつぶやくばかり。
宴会場に戻ったら、また大前さんに飲まされちゃうよね。
どうしよう……。
水野さんの部屋がわからないんじゃ、あたしの部屋で休ませるしかないか。
あたしよりずっと背の高い水野さんを連れて行くのは大変だったけど、なんとか部屋にたどり着き、水野さんをベッドに寝かせる。
「……みず……」
苦しそうな声でつぶやく水野さんに、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出して手渡す。
「どうぞ、お水です」
だけど、水野さんは自分でキャップをあけることすらできない様子。
あたしはベッドに座り、水野さんの頭を膝に乗せて、ペットボトルの水を口に流し込んであげた。
ひと口飲みこむと、水野さんはほっとしたように、スースーと寝息を立てて、眠ってしまった。
クスッ、なんか、かわいい。
あたしはしばらくそのままの姿勢で、水野さんの寝顔を見下ろしていた。

長いまつげ。
凛々しい眉。
魅力的な唇。
男の人なのに、なんてきれいな寝顔なんだろ。
なんか、ずっと見つめてたいかも。

プルルルルルルル……。
突然鳴りだしたケータイに、あたしは飛び上がった。
うわっ、びっくりしたぁ。
でも、水野さんはびくともせずに寝息を立てている。
液晶を見ると、舜だった。
あたしは、そっと水野さんの頭を膝から下ろし、ドアの近くに移動して電話に出た。
「はい」
「おー、かりん、どこ行ってんだよ。大前さんが早く戻って来いって呼んでるぞー」
「はあーい、すぐ行くー」
あたしが話している間も、水野さんは熟睡しているようで、ピクリともしない。
しかたない。
あとで、戻ってきたときに起こせばいいよね。
あたしは、眠っている水野さんに毛布をかけ、一人、宴会場に戻った。

「おー、かりんちゃん、おかえり!」
宴会場に戻ると、いつの間にか同期3人組の姿は消え、大前さんと舜だけになっていた。
「どこ行ってたんだよ」
そう聞かれるだろうと思い、厨房に寄って、ビール瓶を何本かもらってきていたあたしは、それを差し出しながら答えた。
「空き瓶を片付けて、トイレに寄って少し酔いを醒ましてから、ビールもらってきたの」
すると、大前さんが、大げさにあたしに拍手を送ってくれる。
「かりんちゃんはよく気がつくねぇ。えらい!
さっきの女の子たち、水野がいなくなったら、よそ行っちゃってさ、さみしかったんだよー。
もう、かりんちゃんだけだよ〜」
なんだか、大前さんも、すかっり酔っ払い状態みたい。
それでも、まだまだ飲めるようで、大前さんはいろんな話をしてくれながら飲み続け、あたしと舜も、とことん飲まされた。

あたしはもともとそんなにお酒に強いわけではないし、宴会がお開きになる頃にはもう頭も体もグラグラで、早くベッドに入りたい、とそればかりを考えていた。
「よーし!俺の部屋で二次会だあ」
えー、もうムリー!
舜と肩を組んで叫ぶ大前さんに一礼して、あたしは自分の部屋に戻った。
ふらつきながらドアをあけ、電気をつけるのも面倒で、薄暗い部屋に入るとキーをテーブルに放り投げた。
着替える気力もなく、そのままベッドにもぐりこむと、あっという間にあたしは眠りに落ちた。

「……んー、みーこ、もっとこっち……」
あったかい。
大きな腕に抱きしめられて、すごく気持ちいい。
「うん……」
あたしは、力強くあたしの体を抱き寄せる腕に、身をすり寄せた。
……ん?
抱き寄せる腕……?
「へ?」
あたしは重いまぶたをこじ開けた。
目の前に広い胸がある。
え?
顔を上げて、相手の顔を見た。
「ああああああっ!」
とたんに、昨夜のことを思い出した。
慌てて離れようとするけれど、長い腕と足ががっちりとあたしの体に巻きついていて、離れられない。
ちょっとやだ、これ、どうなってるの?
じたばたするあたしの動きに気づいて、やっと相手も目を覚ました。
「んん……」
あー、もう、どうしよう……。
あたしは諦めて動きを止めた。
相手はパッチリと目を開け、あたしを見て驚きの声をあげる。
「ええええっ?」

相手はもちろん、水野さん。
あたしは水野さんに抱きしめられたまま、頭を下げた。
「ごめんなさい!」
水野さんは寝ぼけまなこで、当惑している様子。
「え? なんで? なんでかりんちゃんが?」
無理もない。
目覚めたら、女が隣にいた、なんて、誰でも驚くよね。
「あたしが悪いんです、すみません」
あたしは再び頭を下げた。
それを見て、やっと目が覚めてきたのか、水野さんは、あたしを抱きしめていた自分の腕と足に気づき、あわてて離れた。
「いや、俺の方こそごめん。でも、悪い、昨夜のこと覚えてないんだ。
うわっ、俺、最低だな。こんなことしといて……」
うわぁ、水野さん、完全に誤解してる!
あたしは慌てて起き上がって、正座した。
「違うんですっ! あたしが水野さんをここに連れてきたんです」
「え?かりんちゃんが? ってことは、ここ、かりんちゃんの部屋?」
水野さんは、きゃろきょろと辺りを見回す。
「そうです。変なことは何もないですから安心してください。
昨夜、水野さん、大前さんに飲まされて酔いつぶれちゃって、部屋番号を聞いても答えられないくらい酔ってて。
とりあえずあたしの部屋に連れてきて寝かせて、あたしはまた宴会場に戻ったんです。
でも、そのあと、あたしもすごく飲まされちゃって、水野さんがいるのをすっかり忘れて、同じベッドにもぐりこんで眠っちゃったみたいなんです。
ほんと、ごめんなさい」
あたしは、もう一度頭を下げた。

すると、水野さんはやっと事情が飲み込めたというように、ほっとした表情を見せた。
「ああ、そうだったんだ。よかった、僕、かりんちゃんに何かしたのかと思って。
いや、迷惑かけちゃったね。ごめん、ありがとう」
照れくさそうにそう言うと、水野さんは立ち上がり時計を見る。
「まだ、朝食まで時間あるね。僕は自分の部屋に戻るよ。本当にごめんね、じゃあ」
あたしは頭を下げて、水野さんを見送った。

ドアが閉まると、あらためてドキドキしてきた。
あたし、水野さんと一晩同じベッドで……。
きゃぁぁ、恥ずかしい。
二人とも熟睡してたし、服も着たままで、何もなかったのは明白なんだけど。
水野さんも、混乱してたなぁ。
やっぱり、酔ってたり寝ぼけてたりすると、『俺』って言うんだ。
最後、部屋を出て行くときは、もう『僕』だったけど。
なんか、水野さんの慌てぶり、ちょっとかわいかったかも。
でも……。
『もっとこっち……』
そう言った水野さんの声はすごくセクシーで、まだ耳に残っている。
あたしを抱きしめた腕の感触も。
水野さん……。

あ、でも。
水野さん、あのとき、誰かを呼んでなかった?
もしかして、彼女?
『みーこ』って言ってたような……。
みーこ、みーこ……、って、もしかして、美沙子?
まさか。
いや、でも……ありえないことじゃ、ないよね。

でも、そう考えるの、なんか、ヤダな。
あたしはなんだか胸が締め付けられるような気持ちになって、身を縮めて丸くなった。
ベッドに残る水野さんのぬくもりを感じながら、目を閉じる。
いつかの舜の質問が、頭に蘇る。
『ほかに好きなやつがいるのか?』
『それって、水野?』

考えれば考えるほど、ドキドキが止まらない。
……これは、認めざるをえないかな。
あたし、水野さんのこと……。

あたしは、眠れそうもない体を起こし、シャワーを浴びるためにバスルームへ向かった。