13.衝撃☆告白

シャワーを浴びて、ベッドに入る前にケータイを確認すると、秋山さんからメールが入っていた。

『週末、ドライブに行かないか?』

デートのお誘いだ。
ついさっきまで、舜と飲んでたんだよねぇ、あたし。
うぅ、なんだか罪悪感……。
やっぱり二股とか、あたしには無理!
でも、交際断ったのに、拒否されちゃったし。
それは舜も同じなんだけど。
その舜とは、今夜飲みに行ってたわけで、ここで秋山さんの誘いを断ったら、不公平、ってことになっちゃうのかな。
……じゃぁ、しかたないか。

あたしは、OKの返信をした。


土曜日。
迎えに来てくれた秋山さんの車で連れてこられたのは、湖だった。
たわいない話をしながら、秋山さんと並んで湖畔を歩く。
天気が良く、髪とスカートを揺らす爽やかな風が気持ちいい。
右上を見上げれば、秋山さんの優しい笑顔。
すれ違うのは、犬を散歩させる老人。
聞こえるのは、水辺で遊ぶ小さな子供とその母親の笑い声。

なんだか、すごく穏やかな時間が流れてる。
幸せって、こういうことを言うのかな、なんて、ちょっと思ったりして……。

湖畔の小さなレストランで昼食を済ませ、近くのミュージアムでガラス工芸を見て、帰路につく。
以前にも乗せてもらったけど、秋山さんの運転は乗り心地がよくて、あたしはついうつらうつらしてしまった。
でも、初めてのドライブデートなのに、助手席で寝ちゃうなんて、ありえないよね。
あたしは、カクンと首が落ちるたびに、手をつねったり、飴を食べてみたり、眠気と戦っていた。
でも、そんな努力の甲斐もなく、あたしの居眠りは、秋山さんにバレバレだったみたい。
「かりん、着いたら起こしてやるから、寝てていいよ」
笑いを含んだ声で言われ、赤面しながら「大丈夫です」って答えたんだけど……。

「かりん、着いたよ」
そっと肩を揺すられて、目が覚めた。
「え? あっ、すいません!」
慌てて体を起こし、周りをキョロキョロ確認すると、そこは秋山さんのマンションの駐車場。
あれ? あたしのマンションに送ってくれるんだとばかり思ってたんだけど……。
とりあえず、先に降りた秋山さんが助手席のドアを開けてくれたので、促されるままに車を降りる。
「まだ、夕飯にはちょっと早いし、かりんを起こすのもかわいそうだから、うちに戻ってきたんだ。かりんさえよかったら、今夜は、うちでピザでもとって済ませないか?」
「あ、はい、それで結構です」
あたしは二つ返事で承諾した。

秋山さんの部屋は、相変わらずきれいに片付いている。
ただ、パソコン周りだけは、この間よりも乱雑に書類が積み上げられているようだった。
「あの、秋山さん、もしかして、仕事、家に持ち帰ってやってるんですか?」
あたしは、キッチンに入って行った秋山さんに尋ねた。
「んー? ああ、ちょっとな」
キッチンから顔を出した秋山さんは、あたしの視線の先のパソコンに目をやって、あいまいに答えた。
「えー、そうなんですか!? もし、あたしにできることでしたら、振ってください!」
あたしはびっくりして、そう申し出た。
だって、部下のあたしが定時に退社してるのに、上司の秋山さんが持ち帰りで働いてるなんて、あまりに申し訳ない。
すると、秋山さんはマグカップを二つ持ってキッチンから出てきて、あたしに一つを渡してくれながら、ちょっと複雑そうな表情を見せた。
「実は、それに関連して、かりんにちょっと言っておかなきゃならないことがあるんだ」
え? 言っておくこと!?
それってひょっとして、仕事のことで、ダメ出し、とか?
あたしが使えなさ過ぎるから、もうちょっと、使える部下になれって説教されるとか??
そんな風に想像して、ちょっとビクビクしていると、秋山さんの口から出たのは思いもよらない話だった。
「実は、大阪支社への転勤の内示が出た」

「へ? ……えええっ!?」

予想外の言葉に、一瞬理解が遅れた。
転勤?
出張じゃなくて?
大阪に、転勤!?
あたしは、秋山さんの促され、ソファに座った。
秋山さんも、すぐ隣に座る。
あたしは、マグカップのコーヒーをひと口飲んで、テーブルに置いた。
秋山さんの方は、口をつけることなく、カップをテーブルに置く。
「正式な辞令は月曜に出る。で、俺は10月から大阪勤務になる」
あたしをまっすぐに見て、そう言った秋山さん。
あたしは、その秋山さんを見てはいても、言葉が出てこない。
だって、秋山さんが転勤になるなんて、考えてもいなかった。
それに、10月って、もうすぐじゃん。
あと、たった10日で、秋山さん、いなくなっちゃうの!?

秋山さんは続けた。
「大阪には支店長代理として行くんだが、今の大阪支店長は今年いっぱいで辞めるらしくて、俺は1月には支店長になることが決まってる。そうなると、俺の実家は福岡だし、多分もう東京には戻されないと思う。だから……」
秋山さんはそこで少し躊躇したけど、思い切ったように続けた。
「かりん、会社を辞めて、ついてきてくれないか?」

え……?
あまりのことに、思考がついていかない。
ちょっと整理してみよう。
まず、秋山さんが、転勤になる。
で、もう戻らない。
もう、今までみたいに会社で毎日顔を見ることも、今日みたいにデートすることもできなくなる。
だから、ついてこい、と。
うん、そういうこと、らしい……。

たしかに、秋山さんには、すでにプロポーズされてた。
あたしが交際を断っても、受け入れてくれなくて。
でも、あのとき、結婚はいずれでいいってことになったよね?
それなのに、なに、この急展開!
「あ、あの、えっと……」
あたしが戸惑っていると、秋山さんは畳み掛けてきた。
「今まで一緒に働いてきてわかると思うが、俺は休日出勤も多いから、遠距離恋愛はまず無理だ。だから、かりんが俺を選んでくれるなら、一緒に来てもらうしかない」
「はぁ……」
「かりんも一緒に転勤できればいいんだろうけど、うちの会社は女性は基本的に転勤させないからな。それに今、大阪には新人を入れる余裕はないんだ」
「そうなんですか……」
「急な話だし、今この場で返事しろとは言わない。俺は一度振られてるしな。
ただ、もう会えなくなるということを再度考慮して、あらためて、俺とのことを考えて欲しい」
「はい……」
「返事は今月末、俺が向こうに行く時に、聞かせてくれないか」
「はぁ……」
「それから、かりんが嫌なら、向こうでいきなり一緒に暮らさなくてもいい。働きたければ、大阪で再就職してもいい。ただ俺としては、身ひとつで俺のところに転がり込んできてほしいと思ってる」
あ、やっぱり、あたしの気持ちを優先させてくれるんだ、秋山さん。
強引なところもあるけど、根は優しいんだよね……。
でも……。
あたしはなんと言っていいかわからなくて、黙って秋山さんの顔を見つめていた。
秋山さんの真剣な、でも、すごく優しい目が、あたしを見つめている。
こんな強い目で見つめられたら、ついていきたくなる。
でも、あたし、まだ、結婚とか、ホントに考えられないし……。
つい、視線をそらして顔をうつむかせると、秋山さんは、あたしのあごを軽くつかみ、クイッと自分の方へ向けた。
そこにあったのは、すごく色っぽい秋山さんの顔。そして……。

「かりん、愛してる」
「えっ……」

うわぁぁぁ!
反則だよ、秋山さん!!
そんな甘い表情で、ずっと憧れてた秋山さんに、そんな風に言われちゃったら、あたし、また流されちゃう。
あああ、でも、ダメダメ!
今日は流されるな、かりん、ふんばれ!
あたしは自分を叱咤し、何とか持ちこたえた。

「あの、お話はよくわかりました! じっくり考えたいので、今日はこれで帰りますっ」
バッグを手にして、逃げるように玄関へ走る。
「え? あ、かりん、だったら送るよ」
あたしの行動が意外だったみたいで、秋山さんは、一瞬呆然とした表情。でも、すぐに我に返ったみたいで、あたしを追ってくる。
だけど、さっさとパンプスをはいたあたしは、秋山さんの目を見ずに頭を下げた。
「いえ、大丈夫です! お邪魔しました!」
それだけ言って、あたしは、外に飛び出した。

秋山さんが追って来ないのを確認して、ほっと胸をなでおろす。
あぁ、それにしても……。
秋山さんが転勤だなんて。

どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

機械的に足を動かして家路につきながらも、あたしの頭の中は、「どうしよう」が延々と繰り返されるばかりで、ちっとも考えはまとまらなかった。