8.カレ☆想い

深夜、舜に車で送ってもらって、あたしは部屋に帰った。
さあ、明日も会社だ、早く寝なきゃ。
そう思うけれど、ベッドに入っても眠気が訪れず、あたしは週末からの出来事を思い返した。

秋山さんと、舜。
あたしは、どっちが本当に好きなんだろう?

もともと憧れてたのは、秋山さん。
大人でスマートで、仕事ができて優しくて。
今回、秋山さんは仕事だけじゃなくて、料理も洗濯も掃除も、自分のことは自分でできる、自立した素敵な人ってことを知った。
それに、家事をしてくれるお嫁さんが欲しいわけじゃなくて、一緒に生きていく人が欲しいっていう、秋山さんの結婚観も、理想的だと思う。

一方、舜は、いつもあたしを笑わせてくれる。
一緒にいて楽しいし、背伸びしないでいられる相手だと思う。
それに舜は、実はお金持ちで、豪華なマンションに住んでて、洗練された振る舞いも板についてて。初めて見た、舜のもうひとつの顔。かっこよかった。
舜はお金持ちの家の子っていう風に見られるのがイヤだったって言ってたけど、そういう家庭で育ったからこそ、自然と身についている洗練された振る舞い、それ自体は、すごく素敵だと思う。

そんな二人があたしを好きだって言ってくれてる。
どっちも好きで、どっちかなんて選べないよ……。
でも、今のままじゃ、二股かけることになっちゃう。そんなの、二人に対して失礼だよね。
こんなの、良くない。
どっちかを、選ばなきゃ。
でも、どっちも素敵。全然タイプが違うし、比較なんてできないよ。 もし、どうしても選べないなら……。
そのときは……。
…………。

翌週の木曜日。
あたしは仕事のあと、舜を食事に誘った。 以前、友達と来たことのあるダイニングバー。
おいしいつまみとお酒を楽しめる店で、店内は、あたし達みたいな仕事帰りのカップルで賑わっている。
あたし達は、カウンターに並んで腰かけた。
「かりんから誘ってくれるなんて、ちょっと意外だったな」
「うん……。あ、お腹すいたよね、とりあえず頼もう?」
あたしは今夜、ある覚悟を決めて、舜を誘っていた。
たぶん、それのあとじゃ、食事どころじゃなくなるだろうから、まずは腹ごしらえ!
「すみませーん! こっち注文お願いしまーす!」

さんざん飲んで食べて、お腹も満足してきたころあいを見計らって、あたしは意を決し、舜に話しかけた。
「ねえ、舜」
「ん?」
クラスを傾けながら、リラックスした表情で、舜があたしを見る。
「あのね、あたし考えたんだけど」
「うん」
あたしは舜の目を見て、思い切って言った。
「舜とは……、付き合えない」
舜は、グラスを置き、表情を硬くする。
「……なんで?」
舜の鋭いまなざしに、思わず目を伏せそうになって、自分を励ます。
かりん、がんばれ! ちゃんと言うの! 言うって、決めてきたんでしょ?
うん、そうよね。よし、がんばる!
「あのね、あたし、もうわかってると思うけど、秋山さんからも付き合ってほしいって言われてて……」
「あの人はやめとけって!」
舜が、怒ったように私の声をさえぎる。
でも、あたしも負けられない。
今日はちゃんと、覚悟決めてきたんだから。
「分かってる。秋山さんも認めてたよ、今までのことは。
でも、プロポーズされたの。あたしのことは本気だ、って。
でもね、あたし、秋山さんも断るから!」

そう、決めたんだ。
どちらかを選べないなら、どっちも断ろうって。

「なんだよ、それ」
舜は、いぶかしげに眉をひそめた。
「あたし、二人のうち一人を選ぶなんて、できないよ。
でも、二股なんて、あたしにはもっとできないし。
舜だって嫌でしょ、こんな優柔不断な女……」
あたしが舜を直視できなくなって、やや目をそらしてそう言うと、舜の優しい声が隣から聞こえてきた。
「いいよ」
「え?」
驚いて、顔をあげる。
「俺は二股でもいい。二番目だろうが三番目だろうが、構わない」
「な、なに言ってんの? そんなのいいわけないじゃん!」
そう言うあたしに、舜は微笑みを浮かべた。
「どうせフラれても、俺はかりんにしか目が行かないんだから、見てるだけより二股の方がいいってこと」
「そ、そんな……」
たじろぐあたしとは対照的に、舜は余裕の微笑み。
ど、どうしよう。こんな返事、想定外だよ。
うん、だめだめ! ここで負けちゃダメだ。
あたしは、自分自身を叱咤して続けた。
「舜はさ、すごくモテるんだよ? この前だって人事の先輩に誘われてたじゃん!
あの先輩、あたしなんかよりずっと美人だし、きっと舜とお似合いだと思う」
すると、舜は首を振り、少し怖い顔であたしを呼んだ。
「かりん」
「な、なに?」
「俺が付き合う女は俺が決める。俺はかりん以外ありえないから」
そう言うと、舜は表情を崩し、優しく微笑んで、あたしの頭をなでた。

舜……。
どうして?
どうしてそこまで、あたしのこと……。
舜を見つめているうちに、目に涙がにじんできた。
なんでそんなに、あたしを想ってくれるの?
あたしなんか、舜の想いにちっともふさわしくないのに……。

涙目で舜を見つめていると、舜が口を開いた。 「かりん、急いで結論出すなよ。
俺に、かりんに選んでもらえるように、頑張るチャンスをくれないか?
かりんが、今はどっちか選べないっていうなら、今は選ばなくていい。
いつか選べる時が来るまで、今のままでいい」
「でも……」
舜はまた、あたしの頭を優しくなでる。本当にいとおしいって感じの優しい顔でそんなことされたら、また気持ちが揺らいじゃう。
「もしかして、秋山さんにも、俺とのこと話すつもり?」
「うん。明日、出張から帰ってきたら、話しに行こうと思ってる」
あたしがそう答えると、舜は、急にいつもの口調に戻った。
「俺、ぜってー負けねぇ!」
「やだっ、舜……」
急にいつもの調子に戻るから、思わず吹き出して、泣き笑いになっちゃったじゃん。
「あ、泣ーいたカラスがもう笑った」
「もう、いじわるっ!」
あたしは目尻の涙を拭い、舜を叩いた。
すると、舜は急にあたしの肩を抱き寄せ、頬にチュッと音を立ててキスをした。
キャッ!
「ちょ、ちょっと! 人前でなにしてるの!」
しかし、舜は素知らぬ顔でグラスを傾けてる。
もう、信じられないっ!
あたしは、真っ赤になった頬を、両手で押さえた。
あー、もうっ!
でも、舜はそんなあたしを見て、ニコニコしてる。その微笑みが、なんだかいたずらっ子みたいで、思わず、つられて笑ってしまった。
しょうがない人。
でも、いつも舜は、あたしを笑顔にしてくれるね。
ありがとう、舜。あたし、やっぱり、そんな舜が好き……。