7.セレブ☆カレ

今度はどこに行くのかとキョロキョロしながらついて行くと、舜はすぐ近くの高層マンションに入っていく。
ポケットから出したキーで、オートロックを解除したってことは、ここ、舜の自宅?
でも、見るからに超高級マンションなんだけど。
エントランスは、大理石の床と壁。
おしゃれなデザインのソファーセットが置かれ、華やかなフラワーアレンジメントが飾ってある。
なんか、ちょっとしたホテルのロビーみたいじゃない?
舜はそこをすたすたと通り過ぎ、エレベーターへ。
赤いカーペットの敷かれた、これまた高級そうなエレベーターに乗った舜が押したボタンは、最上階。
ええっ!?
この高級マンションの最上階に住んでるの?
こういうところの最上階って、家賃もものすごく高いんじゃない?
びっくりしたけれど、いつになく無口な舜に声をかけられなくて、黙ったままついていった。

舜の部屋は、とてつもない広さだった。
リビングは、たぶん40畳くらい。
大きな窓からは、ベイエリアの美しい夜景が一望できる。
なに、この眺望! すごすぎる!!
あたしがア然としていると、舜はそっとあたしの手からバッグを取り、ソファに置いてくれた。
「あ、ありがと」
お礼を言うと、舜は、あたしの手を取った。
「こっち。案内するから」
「あぁ、うん」
ダイニング、キッチン、書斎、ジム、ゲストルーム、ベッドルーム、トイレ、バスルーム。
ってことは……4LDK、かな?
でも、どの部屋もとても広くて、あたしの知ってる普通の4LDKのおうちとはまったく違う。
これが、舜の自宅!?
「えーっと、舜、ここに一人で住んでるの?」
あたしは、遠慮がちに聞いてみた。
すると、舜はこともなげに頷いた。
「ああ」

でも、どう考えても、新入社員の給料で住めるレベルの部屋じゃない。
「あのさ、舜って……何者?」
今日、ずっと聞きたかったことを、あたしは思い切って質問してみた。
高級レストランに慣れてる風だったり、クラブのVIPルームに入れたり、こんなすごいマンションに住んでたり。どう考えても、普通じゃない。
舜は、リビングのソファにあたしを座らせ、自分も隣に座って、ちょっと答えをじらすみたいに、微笑みながらあたしを見つめる。
なんか、ドキドキするんですけど。その微笑みは、なに? 舜、いつもと違うよ。
目が離せなくて、舜を見つめ返していると、フッと自嘲するように笑って、教えてくれた。

「とある会社の、トップの、道楽息子」

会社の、トップの、って……。 「え? それって、どこかの会社社長の御曹司ってこと?」
びっくりして、慌てて体を背もたれから起こす。
「そんなたいしたもんじゃないよ。俺、三男だから好き勝手やってるし。ただ親父がくれるっていうから、この部屋は貰ったけど」
えええーーーー!?
こんなすごい部屋を、ポンとプレゼントしてくれちゃうなんて!
あたしみたいな庶民とは、次元が違う。
「舜って、そんなセレブだったの? 知らなかったよ!」
「ああ、誰にも言ってないし」
えーーーっ! 舜、なんでそんな涼しい顔しちゃってるの?
信じられない。
「なんで?」
「なんでって、何が?」
聞きたいことはたくさんある。
なんでセレブなのに、うちみたいな小さな会社にいるのか、とか。
なんで誰にも正体を明かさないのか、とか。
そして、なんで今夜あたしに正体を明かしたのか、とか。
だけど、あたしは驚きすぎて、何から質問すればいいのか、混乱状態。
口をパクパクさせてたら……。

「かりん」
「え?」
舜が、あたしの方に手を伸ばしてきた。頭を撫でられ、肩を抱かれる。
えええっ? 今度はなに?
舜はあたしを引き寄せ、あたしの頭を、自分の肩にもたせかけた。
そのまま、あたしの髪をなでている。
あ、舜の指、気持ちいいかも。なんか、落ちつく……。
「このまま、ちょっと聞いてくれるか?」
「うん……」
「俺さ、学生時代は、周りがみんなうちのことを知ってたから、どうしてもそういう目で見られてさ、それが嫌でしょうがなかったんだ。
で、誰もうちのことを知らない世界に行きたくて、親父のコネのない、今の会社に実力で入った。
入社してすぐの合宿研修で、同期の奴らと仲良くなって、みんながうちと関係なく、俺とダチになってくれたのがすげえ嬉しかった。
で、ある日、合宿所の夕飯をすごいうまそうに食べてる子を見つけて、その子に一目惚れした。
その子にもうちのことは知らせないで、俺個人を好きになってほしいと思って、アプローチしてみたんだけど、その子は年上の上司ばっか見ててさ、どうやら上司の奴も、その子に手ぇ出ししてきたみたいだからさ、
もう、親の金でもなんでも使っていかないと、上司にその子をさらわれちまうって、俺、焦って……」

え、それって……。
「だから、そういうワケ」
舜はそう言うと、あたしの顔を覗き込んできた。
うわっ、いきなりアップ!
舜の整った顔を間近に見て、心臓が跳びはねる。
「そ、そっか……」
あたしがかろうじて相槌を打つと、舜は顔を近付けたまま、あたしの目をまっすぐに見つめてきた。
「かりん」
「ん?」
「好きだ」
うわわわわ! こんな近距離で、そんなセリフ、反則だよ!
あたしは身動きできず、言葉も発することができず、ただ舜を見つめ返すことしかできない。
ドキドキドキドキ……。
舜の顔がさらに近付いてくる。お互いのまつげが触れそうになって、あたしは目を閉じた。

唇に柔らかい感触。
最初はついばむように。やがて、あたしの唇を味わうように何度も舌でなぞられ、身体の芯が熱くなる。
舜の右手はあたしの髪をかきあげ、頭の後ろをしっかりと捕らえている。まるで、もうこの獲物は逃がさない、とでもいうように。
でも、そうされるのがイヤじゃなかった。
やがて、舜の舌はあたしの唇を割って中に入ってきて、あたしの舌に絡んできた。
舜の熱が伝わってくる。
唇を吸われ、舌も吸われ、たまらなくなって、あたしは舜の首に両腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
もっと。もっと、キスして、舜……。
激しくなるキスの合間に、甘い吐息が漏れる。
だめ、もう、キスだけじゃ足りない。体が熱くて、たまらない。
あたしの気持ちが通じたのか、舜が体重をかけてきた。そのまま、ソファに押し倒され、敏感になっている体を愛撫されて、あたしはもうなにも考えられなくなる。
あぁ、舜!
そのまま、あたし達は、ふたりだけの甘い蜜のような時間を過ごした……。