9.またまた☆拒否

「ただいま!」
「「お疲れ様です!」」
翌日の午後、出張先から直接会社に戻った秋山さんは、スーツケースを引いてデスクにやってきた。
グループのメンバーが、各々自分の席から顔を上げ、挨拶を返す。
「これ、お土産。かりん、悪いけどみんなに配ってくれる?」
「はい!」
あたしは席を立って、秋山さんから京都の銘菓の箱を受け取る。
その時、秋山さんが、周りにのみんなに聞こえないように、こっそりあたしに囁いた。
「かりんには別にお土産があるんだ。今夜、うちに来られるか?」
「あ、はい……」
あたしも小声で返事をした。
「あとでメールする」
囁きながら微笑んだ秋山さんに、あたしも唇の端を持ち上げて、そっと頷いた。
笑顔を作りはしたけど、内心は微妙。
あたしの方から、今夜会いたい、って言う手間は省けたけど、お土産を渡してくれようとしている秋山さんは、今夜、あたしが言おうと思っていることなんて、きっと想像もしてないはず。
だって、あんなに甘い週末を過ごして、そのまま秋山さんは出張へ行っちゃったんだもの。あたしがその翌日、舜とあんなことになっちゃったなんて、思いもしないよね……。
会いに行くの、ちょっと憂鬱だな。でも、ちゃんとしなきゃ!
ここままじゃ、秋山さんに失礼だもんね。

その夜、あたしは、約束どおり秋山さんの部屋を訪れた。
「はい、お土産。気に入ってもらえるかわからないけど」
「ありがとうございます」
もらったのは、あぶらとり紙やソープ、ハンドクリームなどの詰め合わせ。
京都の有名店のものだ。
「京都支店のヤツに、その店が若い女性に人気だって教えてもらったんだ。
あぶらとり紙が有名らしいんだけど、店員さんに、ほかのもあれこれ勧められて、言われるままに、いろいろ買っちゃったよ」
苦笑いしながら話す秋山さんに、あたしは笑顔でお礼を言った。
「すごく嬉しいです。こんなにたくさん、本当にありがとうございます。
このお店のスキンケア商品、すごく評判よくて、雑誌にも取り上げられてるのを見たことあります。大切に使わせていただきますね」
「喜んでもらえたんなら良かった」
ほっとした表情で微笑む秋山さんを見て、胸が温かくなる。
このお店、京都では有名なお店だけど、女性向けの商品ばかりのお店だから、店員さんもお客さんも女性ばかりのはず。
そんなところに、男の人が一人で入っていくだけでも、ちょっと勇気がいるんじゃないかと思う。
それなのに、あたしへのお土産のために、店員さんに話を聞いたりして選んでくれたのかと思うと、すごく嬉しかった。
優しいなぁ、秋山さん。
秋山さんのそういうところ、大好き……。

でも、今日、あたしがここに来たのは、秋山さんに、交際を断る話をするため。
秋山さんは優しいし素敵だけど、それに、流されちゃダメだ。
あたしは、ひとつ深呼吸して姿勢を正し、切り出した。
「秋山さん、今日はあたし、先日のお返事をしようと思って来ました」
あたしの硬い表情を見て、秋山さんも微笑みを消して、あたしを見つめる。
「あたし、秋山さんとはお付き合いできません。
秋山さんのことは上司として尊敬していますし、素敵な方だと思っています。
でも、あたしはまだ結婚なんて考えられないし、それに……」
その先を言うのは、かなり気まずい。どうしよう、言おうと思ってたけど、やっぱり、言わないで済むなら、その方がいいんだけど……。
あたしがためらっていると、秋山さんが、先を促してきた。
「それに?」
あぁ、やっぱり言わなきゃだめよね。うん、ちゃんと言おう。
あたしは、秋山さんの目を見て、思い切って言った。
「あたし、秋山さん以外にも好きな人がいるんです! 秋山さんのことは素敵だと思います。でも、その人のことも好きで。あたし、ふたりとも好きで、どっちかなんて選べなくて、だったらどっちも断ろうと思って」
あー、言っちゃった。秋山さん、どう思うかな……。
ドキドキしながら、秋山さんを見つめていると、やがて秋山さんが口を開いた。
「……それは、舜のことか?」
えっ! なんで知ってるの?
でも、そうですって、言っちゃっていいのかな。
どうしよう……。
あたしが躊躇していると、秋山さんはあたしの返事を待たずに続けた。
「言いたくないなら、無理には聞かないよ。
んー、あぁ、そうか。プロポーズしたのが負担だった?
でも、この前も言ったけど、結婚はいずれでいいんだ。かりんがしたいと思った時で。
それでも負担に思うなら、普通に、ただの恋人として付き合おう。それなら、いいか?」
え? 秋山さん、あたしが言ったこと、聞いてた?
「あの、秋山さん? あたし、他にも好きな人がいるんですって言ったんですけど……」
あたしが再びそう言っても、秋山さんは首を振るばかり。
どういうこと?
「それは理由にならない」
「え?」
あたしは戸惑って秋山さんを見つめた。
すると、秋山さんはあたしを強く見つめ、両手であたしの手を包み込んで聞いてきた。
「俺が嫌いか?」
「い、いえ」
慌てて首を振る。だって、秋山さんが嫌いなわけじゃないもの。
「嫌いじゃないなら、付き合って欲しい」
秋山さんはそう言って、あたしの手の甲にキスを落とす。そのまま、上目遣いにあたしを見上げてきた秋山さんの表情が色っぽくて、ドキンと胸が高鳴った。
「あ、秋山さん……」
「かりんが俺の下に配属されてきた時、うまく言えないけど、感じたんだ。
俺が待ってたのはこの子だって」
「…………」
「かりん、愛してる」
そんな……。
ずるいよ、秋山さん。
そんな表情でそんなこと言われたら、あたし……。

あたしは、うつむきがちに声を絞り出した。
「秋山さんは仕事も料理も何でもできて、でもあたしはまだ半人前で中途半端で。
……なんでこんなあたしを、好きだって言ってくださるんですか?」
すると、秋山さんは楽しそうに答えた。
「んー、ひとことで言うなら一目惚れ。
でも、仕事の覚えは早いし、周りに気配りできるし、言葉遣いもきちんとしてるし、素直だし……。もっと、言う?」
あたしは、ブンブンと首を振る。
「そんなの、買いかぶり過ぎですっ」
「そうか? だとしたら、あばたもえくぼってやつかな。俺は相当かりんに惚れてるってことだよ」
「そんなぁ……」
「とにかく、嫌われてないなら、俺は引くつもりはないから」
グイッと、秋山さんに腕を引っぱられ、あっという思う間もなく、秋山さんの腕に抱きしめられてしまう。
あぁ、まただ。
断ってるのに。秋山さんにまで舜と同じように、拒否られちゃったよ。
もう、どうしたらいいの?
強い力で抱きしめられ、耳たぶに秋山さんの唇を感じて、ギュッと目をつぶり、あたしは途方に暮れた。

人生にモテ期っていうのがあるとすれば、あたしの場合は間違いなく、今がその時だ。
今まで、付き合った人がいなかった訳じゃない。
高校の時に、初めてつきあったカレ。
そのカレと遠距離になって別れたあと、短大の時にもカレシはいた。
でも、どっちも自分からコクッて付き合い始めたから、相手に押されることに慣れてない。
告白されたことがないから、それを断った経験もなくて、断ってるのに、舜も秋山さんも、どうして諦めてくれないのかが、わからない。
どうしたら、諦めてくれるの?
これじゃ、結局、あたしは二股かけることになっちゃう。
首筋に降りてきた秋山さんの唇と舌の動きに、ビクンと体が跳ねる。
秋山さんが嫌いなわけじゃないから、こんなことをされちゃうと、本気では拒めなくなる。だって、すごく気持ちいいし。
そんなあたしの心中がわかってるかのように、秋山さんは、首筋から顔を離し、熱い瞳であたしの目を見つめ、唇にキスしてきた。すぐに唇を割って、舌が入ってくる。
あぁ、もう、ダメ……。快感に、理性が押し流されちゃう。
あたし、どうしたらいいの……?