4.またまた☆キス

あたしがトイレを出て会場に戻ろうと歩いていると、途中で、ばったり秋山さんと鉢合わせした。
「ああ、かりん、探したよ。なかなかダーツに来ないから、迎えにきたんだ。ずっと舜と一緒だったのか?」
にっこり微笑みながら聞かれ、あたしは曖昧に微笑む。
「えっ、あ、いやあ、すみません……」
ついさっきまで舜とキスしてました、なんて言えないし、ここは笑ってごまかすしかないよね。
すると、秋山さんは笑みを消した。
「舜に俺のこと、なんか言われたんだろ? 大体想像はつくけど、誤解されたくないから、ちょっと俺の話も聞いてくれないか?」
えっ、話?
舜を待たせてるけど……まぁ、少しくらいならいいか。
秋山さんの真剣な表情に負けて、あたしは頷いた。

秋山さんのあとについて、階段脇のスペースに移動する。
壁が目隠しになって、通路からは見えない場所に来ると、秋山さんはあたしに向き直った。
「舜は俺のこと、何て言ってた?」
「えっ……」
正直に、いろんな子と寝たらしいって聞きました、なんて言えないし……。
あたしが困ってると、秋山さんは苦笑して自嘲気味に言った。
「手が早いとか、そういうことだろ?」
「あ、いや、あの……」
あぁ、秋山さん、お見通しなんだね……。
自分でもそう言うってことは、事実、なのかな?
でも、ここは、そんなことないですよって答えるところだよね?
だけど、一瞬、返答につまっちゃったものだから、タイミングを逸して、うまくごまかすことができなくなっちゃった。
そんなあたしを見て、秋山さんは苦笑いしながら軽くため息をついた。
「否定はしないよ。でも、かりんのことは特別に思ってるから」
「ええっ!?」
今、なんて?
あたしは驚いて秋山さんを見つめた。
秋山さんは真面目な表情で続ける。
「俺、かりんのことは真剣だから今まで手を出せなかった。でも、今日のそんな格好見たら、うかうかしてたら他のやつらに持ってかれちまうって危機感持ってさ。実際、舜もかりん狙いみたいだし」
秋山さんは、そうだろ?と言うように、首を傾げて見つめてくる。
ううっ、たしかに舜はそうみたいだけど……。
あたしは困って目を泳がせた。
こういう駆け引きって苦手……。
きっと、あたしの考えてることなんて、表情に全部出ちゃってて、秋山さんにはバレバレなんだろうな。でも、秋山さんはそれ以上は追求してこないで、言葉を続けた。
「なあ、かりん、俺と付き合って欲しい。だめか?」

えええーーーーっ!?

まっすぐな秋山さんの告白に、あたしは固まってしまった。
「俺、もう30過ぎだしさ、結婚前提に付き合って欲しいと思ってる。まあ、それは今すぐじゃなくてもいいんだけど、いずれはって考えてる。俺がかりんを真剣に想ってるっていうのは、そういう意味だから」

な、なんですって?
これって……プ、プロポーズ!?
いきなり?

あたしは心底驚いた。でも、秋山さんの表情を見る限り、真剣そのもの。
舜は、秋山さんは手が早いって言ってたけど、女の子に手を出すたびに毎回プロポーズする人なんていないよね?
ってことは、秋山さん、本当にあたしのこと、マジってこと?

うそ、どうしよう……

そりゃあ、あたしも女の子だから、ウェディングドレスとか、新婚旅行とかに憧れもある。
白いウェデングドレス着て、隣に立つタキシード姿の秋山さんと誓いのキスして。
新婚旅行はヨーロッパの古いお城めぐり、それとも南の島で海を見ながらのんびり過ごすとか?
もちろん、結婚するってことは、結婚式や新婚旅行だけじゃなくて、ふたりで生活するわけだけど、秋山さんは大人の男性で、しかもリーダーだから、包容力も経済力もあるだろうし……。

秋山さんと結婚って……ちょっといいかも。

あ、でも。でもでもでも!
あたし、ついさっき舜とキスして、今から部屋に行く約束したばっかりだし!
それなのに、プロポーズされたからって舞い上がっちゃって、あー、舜、ゴメン!
あたしは舜のことを思い出して後ろめたくなり、うつむいた。

すると、突然、ふわっと抱きしめられた。
「かりん、俺のそばにいてくれないか?」

えええっ!
あたしは驚いて秋山さんを振り仰いだ。
秋山さんと目が合ったかと思うと、その顔が近づいてきて……くちづけられた。
突然のことに、びっくりしすぎて動けない。
あ、秋山さんの香り。
大人の男って感じの香り。
どこのブランドの香水使ってるんだろ?
あまりに驚きすぎて、そんなことを考えてたら、触れるだけの優しいキスが、だんだん深くなって……。
優しく慈しむような秋山さんのキス。……気持ちイイ。
あぁ、あたし、こういうキス、好き。
もう、だめ……。
秋山さん……大好き……。

そう、あたしはもともと秋山さんが大好きだったんだ。
社内研修があったとは言え、ITのことなんて何も知らずに入社したあたしが、たった2ヶ月で仕事が出来るようになるわけもなく。
配属されたその日から、秋山さんは、毎日あたしに仕事のやり方を教えてくれた。
仕事のできる秋山さんは忙しく、いつも誰よりも遅くまで残業している。
それなのに、嫌な顔一つせず、あたしに仕事を教えてくれて……。
常にポジティブで、すごくリーダーシップがあって。
だから、うちのグループは、メンバー全員が秋山さんを中心に団結している。
そんな心地よい職場で働けて、あたしは本当に秋山さんに感謝しているし、素敵な人だなあって憧れてた。

今、あたしはその憧れの人の腕に抱かれて、キスしてる。

秋山さん……。
素敵過ぎて、手が届かない人だと思ってたのに。
プロポーズまでしてくれて。
嬉しい……なんだか、夢みたい。
夢なら覚めないで欲しい。


秋山さん……ずっと前から、あたしも好きでした……。