5.カレ☆部屋


憧れの秋山さんとのキスに、頭がボゥーッとのぼせる。
さっきまで飲んでいたカクテルが、効いてきたのかもしれない。
でも、こうして間近で見る秋山さんの顔、やっぱりすごく素敵……。

あたしは、そのまま秋山さんに抱きかかえられるようにして会場から連れ出され、気付けばタクシー乗り場にいた。

あ、どうしよう、舜、待ってるよね?
タクシーのドアの前で一瞬躊躇したあたしの顔を、秋山さんが覗き込んでくる。
「かりん、乗って」
思いのほか強引な秋山さんに逆らう力は、あたしにはなかった。
タクシーに乗り込むと、あたしはそっとバッグの中に手を入れ、ケータイの電源を切った。

秋山さんの住むマンションは、すごくスタイリッシュな外観。
エレベーターを上がり、玄関を入るやいなや、秋山さんに抱きしめられ、何度もキスされながら、ベッドルームへ。
優しいキスの雨を、唇だけでなく、首筋や鎖骨にも降らされ、うっとりとなる。
秋山さん……。
……あたしは秋山さんにすべてをゆだねた。



朝を迎え、ベッドで体を起こすと、隣に寝ていた秋山さんの姿が見えない。
ベッドルームのドアが少し開いていて、カチャカチャと食器の音が聞こえてくる。
あ、コーヒーの香り……。
秋山さん、キッチンにでもいるのかな?
あたしもそっちに行こうと、ベッドから足を降ろし、シーツで裸の体を隠しながら服を探したけど、見つからない。
おかしいな……。下着もドレスもない。どうして?
ベッドのそばにあるのは、秋山さんのYシャツだけ。
しかたなく、それを羽織り、あたしはキッチンへ向かった。

「おはよう」
秋山さんに爽やかに声をかけられ、あたしもはにかみながら挨拶を返した。
「おはようございます……」
秋山さんと初めて迎える朝。なんとなく照れくさい。
秋山さんは手にしていたカップとコーヒーサーバーを置くと、こちらに近づいてきて、ゆったりあたしの腰に両腕を回した。
「透けてる。最高だな、その格好」
「え?」
秋山さんは微笑みながら、あたしの体を見ている。その視線を追って、自分の体を見下ろした。
Yシャツ越しに、うっすら素肌の色が透けている。
やだっ!
あたしは慌てて両腕で体を隠した。
「だって、あたしの服、見当たらなくて……」
「ああ、下着は今洗濯が終わって乾燥中。ドレスはしわにならないようにクロゼットにかけてある」
「えーっ、洗濯なんてしなくていいのに」
「でも、俺のせいで汚しちゃったからな」
いたずらっ子のような表情でそう言う秋山さんに、あたしはボッと赤面した。
「もうっ! あっ、もしかして、このYシャツだけベッドに置いてあったのって、わざと?」
あたしがにらむと、秋山さんは飄々と答えた。
「まあね。裸にYシャツって、男のロマンだからさ」
「えーっ、何それ?」
あたしが苦笑すると、秋山さんはあたしをぎゅっと抱きしめ、耳元で囁いた。
「すごくエロいってこと。カフェオレ淹れたけど……かりんが欲しくなってきた」
きゃー、秋山さん、朝からなんてことっ!
あたしは慌てて秋山さんの腕から抜け出た。
「カ、カフェオレ飲みたいですっ! あと、もうちょっと厚手の服、貸して下さい!」
「服はだーめ。でも、せっかく淹れたし、そのままでいてくれたら、カフェオレは飲ませてあげよう」
「もうっ……しょうがないなぁ」
あたしはしかたなくその格好のまま、テーブルに着いた。

まだまだ残暑の厳しい9月上旬だから、Yシャツ一枚でも風邪を引くことはないと思うけど、秋山さんの趣味、ちょっとどうなの?
男の人って、みんなこういうの好きなのかなぁ?
そんな風に思ったけど、目の前に出された朝食には、目を見張った。
「うわぁ、秋山さん、料理上手なんですね」
「一人暮しが長いからこれくらいはね。でも、凝った料理はできないよ」
ベーコンエッグにグリーンサラダ、トーストとカフェオレ、ヨーグルトとグレープフルーツのデザートまであれば、朝食としては完璧じゃない?
あたしはちょうどいい焼き加減のベーコンエッグを頬張り、すっかり感心してしまった。

昨夜はよく見ないうちにベッドルームに入っちゃったけど、見回せば、リビングもダイニングもすっきりと片付いている。
洗濯もしてくれちゃうし、秋山さんって仕事だけじゃなくて、家のこともちゃんとできる人なんだ。
すごい! ますます尊敬しちゃう。
あたしがそう言うと、秋山さんは苦笑いした。
「自分の面倒くらいは見られるけど、もういい大人なんだからそれはできて当たり前。尊敬されるようなことじゃない」
ううん、そんなことない。
短大時代の元カレの部屋なんて、足の踏み場もないくらい散らかってたし、三つ上のあたしのお兄ちゃんは、料理なんてからっきしダメで、作れるものなんてカップラーメンくらい。
男の人なんて、それくらいが普通じゃない?
それなのに、これだけできて、それが当たり前、なんて軽く言っちゃうなんて、やっぱり秋山さんはすごいよ!

「これくらい何でも出来たら、お嫁さんなんて必要ないですね」
思わずそう言うと、秋山さんは首を振っ た。
「結婚は、家事をしてくれる人が欲しくてするもんじゃないだろ? 一緒にいろんな体験を分かち合ったり、共感したり、自分にないものを教えられたり、ただそばにいるだけでも温もりを感じて安心したり。そういう相手が欲しいからするんじゃないかな?
少なくとも俺はそういうつもりでかりんにプロポーズしたんだけど」

あ、墓穴掘った……。
昨夜、あたし秋山さんにプロポーズされたんだったっけ。
でも、急にそんなこと言われても、あたしはまだ、秋山さんのプロポーズにこたえる準備ができてない。
そりゃあ、秋山さんのことは好きだけど……。
あーぁ。お嫁さん、なんて言わなきゃよかった。

何もこたえられないあたしに、それ以上は突っ込まず、秋山さんはさらりと話題を変えた。
「そうそう、おととい会社で言ったけど、明日から京都に出張なんだ。午後、そのしたくの買い物に出るから、そのついでに家まで車で送るよ」
「あ、はい、ありがとうございます……」
話が変わったことにほっとしながら、あたしは秋山さんに頭を下げた。
秋山さん、やっぱりあたしのこと、なんでもお見通しなんだなあ。
今も、こたえられないあたしを見て、話を変えてくれたんだ、きっと……。

あたしは食べ終えた皿などをキッチンに運び、朝食を作ってもらった代わりに、せめて洗い物くらいしようとスポンジを手にした。
すると、秋山さんが後ろからあたしを抱きしめてきた。
「あ、あの、秋山さん、あたし洗い物しますから、あっちでくつろいでて下さい」
でも、秋山さんはますますあたしをぎゅっと抱き、後ろから耳たぶにキスしてくる。
「あ、あの……」
「かりん、午後までベッドで過ごそう」
秋山さんの甘い囁き声と熱い息が、耳にかかる。あ、これ、あたし、弱い……。手にしたお皿を落とさないように、そっとシンクに戻す。
「秋山さん、ダメ……です……」
だけど、秋山さんはあたしの言うことなんてちっと聞いてくれなくて、そのまま首筋に唇を這わせはじめる。
あ、気持ちイイ……。
Yシャツ一枚しか身につけていないあたしは、あっという間に裸にされてしまう。
「だめじゃないだろ?」
「秋山さん……」
あたしのささやかな抵抗もむなしく、二人縺れるようにベッドに倒れこんだ……。


午後、約束通り、秋山さんは車であたしを家まで送ってくれた。
あたしの住むワンルームマンションの前で別れ際にキスして、秋山さんは去って行った。
部屋に入って着替え、昨夜からずっと切ってあったケータイの電源を入れる。
あ、やっぱり……。
思っていた通り、舜からの着信とメールが何件も入っている。
どうしよう……。

秋山さんと恋人同士のような週末を過ごしておきながらも、あたしは舜のことも気になっていた。

『かりん、可愛すぎ』
『かりん、俺もう我慢できない。おまえ、無防備過ぎなんだよ……』
『そんな声聞かされたら、もう俺とまんねえ』

はぁー、まいったなぁ、こんなことになるなんて……。
でも、考えても結論は出ず、あたしは、そのまままた、ケータイの電源を切った。
明日、考えよう……。