9.姫の幸せ ― 2

「姫、お疲れー!」
オフィスに戻ると、佐奈がねぎらいの言葉と笑顔で迎えてくれた。
「プランナーになって第一号のお客様、無事に済んだね」
「うん」
もう、感無量で、言葉にならない。
「なーに目赤くしてんのー?」
「うるさいっ!」
恥ずかしくて拗ねると、コソッと耳元でささやいてきた。
「今夜、行くんでしょ?」
「うん」
佐奈と由梨には、黒沢さんから聞いた話をしてあった。
今夜、宮部に会いに行くと決めたことも。
「宮部には連絡してないの?」
「うん、言ってない。言ったら、来るなって言うだろうし」
「でも、向こうに行って、会えなかった、じゃ、済まないよ!」
「わかってる。明日あさって休みだから、宿も取ったし、今日ダメでも、3日あれば絶対どこかで会えると思う」
「そうだね。がんばってきなさいよ!」
「うん!」

終業時間になった。
「お先に失礼しまーす!」
「おつかれー」
佐奈に手を振って駅に向かう。
今日は、人身事故なんて起きないでよ!
乗り遅れたりしたら、しゃれにならない。
まぁ、そうなっても、次の新幹線の切符を取るだけだけどね。
絶対に宮部に会うって決めたから、もう迷いはない。
幸い、今日は問題なく東京駅に到着し、新幹線も定刻通りに発車した。
不安のドキドキと期待のワクワクが重なって、いつもより気分が高揚しているのが自分でもわかる。
あと2時間半で、宮部に会える。
まず、なんて言おう?
いきなり会社に押しかけたら、怒られるかな?
でも、宮部の新居の住所がわからないから、会社に行くしか、会う手だてはない。
今夜も遅くまで残業してるといいけど。
そうじゃないと、向こうに着くのは10時過ぎになるから会えない。
もしそうなったら、明日の朝だ。
ただ、宮部が大阪でも月曜火曜休みだったら困るな。
そしたら、大阪店の誰かに、宮部の住所を教えてもらおう。
個人情報だから、教えてもらえないかな?
まぁ、そうなったら、その時どうするか考えるしかないね……。
あれこれ思い巡らしている間に、新幹線は新大阪駅に着いた。

在来線に乗り換え、15分ほどで、できたばかりの大阪店に到着。
まだ、オフィスの明かりはついてるけど、受付はすでに暗い。
ここで宮部は働いてるんだ。
まだいるかな?
――ドキドキドキドキ。
おもては閉まってるから、裏に回る。
従業員用の出入り口があるはずだけど……、あった!
鍵は持ってないから、来客用のインターホンを押す。
しばらくして、不審げな顔をした若い男性がドアを開けてくれた。
「はい、なんでしょう?」
できたばかりのゲストハウスに、しかもこんな夜中に女がひとりで訪ねて来たら、そりゃあヘンに思うよね。
うぅ、どうしよう……。
用意してきたセリフが飛んで、しどろもどろに答える。
「えっと、あの、私、葛西と言いますが、あの吉祥寺店の、えっと、いや、あの、宮部さんは、まだいらっしゃいますか?」
「宮部さん、ですか。ちょっと待ってください」
男性はいったんドアを閉め、顏を引っ込めた。
ドアの向こうで叫ぶ声が聞こえる。
「宮部さーん、お客さんでーす!」
あ、いや、同じ会社の従業員で、お客様じゃないんだけど……、まぁいっか。
すると。
「バカ野郎! お客さん、じゃなくて、お客様、だろうが! だいたい、お客様の前でそんなでかい声で怒鳴るヤツがあるか! あと、お名前も聞かなきゃダメだろう!」
宮部の声だ。
こんなふうに叱るってことは、きっと今のが例の新人君だ。
宮部、しっかり先輩やってるんだな。
思わず微笑んでると、ドアが開いた。
「大変お待たせしました……」
顔を出した宮部が私を見て固まる。
「……姫?」
「来ちゃった」
「は?」
「宮部に会いに来ちゃった」
「…………」
一瞬フリーズした宮部が、ドアを閉めようとするので、とっさに押さえた。
「もう逃げないで!」
「いや、あの、逃げるんじゃなくて」
「じゃ、なに? 今、閉めようとしたじゃない!」
「3分、いや、1分だけ待ってて。すぐ戻るから」
「ホントに?」
今まで散々避けられてきたから、信用できない。
ドアを押さえたまま睨むと、宮部はウンウンうなずく。
「ホントに。カバン取ってくるだけだから!」
じゃぁ、と手を離す。
宮部は引っ込み、ドアの向こうへ走っていく足音が聞こえた。
少しして。
「えっ、ちょっと宮部さん、待ってくださいよー」
「うるさいっ! もうあとはひとりでできんだろ! 明日までにやっとけよ!」
「そんなぁ……」
次の瞬間、ドアが開いた。
「姫、お待たせ!」
「……仕事、大丈夫なの?」
「あー、へーきへーき。あとは新人の作業だけだから」
「……ふぅん」
「えーっと、どうしようか。俺、こっちの店とか全然知らなくてさ。この辺、あんまり気の利いた飲み屋とかなさそうなんだよなぁ」
「ファミレスでもファーストフードでも、どこでもいいよ」
「うーん、そういうの、このあたりにあったかなぁ?」
キョロキョロ見まわす宮部は、本当に近辺のお店を知らないらしい。
「静かに話ができるとこなら、どこでもいい」
「じゃぁ……、うちでいい? すぐ近くのアパートなんだ」
「うん、いいよ」