9.姫の幸せ ― 1

「あなたは、一之瀬裕司を生涯の伴侶とすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
優華さんの緊張して少しかすれた声が、チャペルに響く。
式は滞りなく進み、指輪の交換、そして、誓いのキス。

次は、ゲストに外に並んでもらって、フラワーシャワー用の花を配らなきゃ。
新郎新婦は、チャペルを出る前にお互いの指輪を見せてもらって記念写真も撮らないとね。
頭の中で段取りを復習していると、時間はあっという間に過ぎていく。
アテンダントのときは、もう少し、花嫁さんに感情移入してた時間もあったんだけど、プランナーは、一時も気を抜けない。
常に先回りして動かないといけないから、結婚式をじっくり見ている暇もない。
すっかり仲良くなった優華さんの晴れ姿、じっくり見たかったんだけど、お仕事優先!
まりあさんや美里さんが、結婚式や披露宴の最中、いつもキビキビと動き、クールな表情を崩さなかった理由が、今やっとわかる。

披露宴も問題なく進行し、いよいよ後半のクライマックス。
新郎新婦から、ご両親へのお手紙と花束贈呈。
優華さんが、涙ぐみながら、ご両親への感謝の手紙を読む。
アテンダントになりたての頃は、これが苦手だった。
ついつい、もらい泣きしちゃって。
でも、今は、それどころじゃない。
そろそろドラジェを用意しようか、などと考えるので頭がいっぱいで、優華さんの言葉も、半分くらいしか耳に入ってこない。
ところが。
「……葛西さんにも、この場を借りてお礼を……」
急に名前を呼ばれ、さらにスポットライトまで当てられて、会場の隅で直立不動になる。
え? 私?
「今日、こうして、私がここに立っていられるのは、大げさでもなんでもなく、文字どおり、葛西さんのおかげです。私たちの結婚に反対した父を、お仕事の範囲を超えて説得してくださった葛西さんがいてくださったおかげで、私は愛する人と、今日この日を迎えることができました。バラづくしの素敵な披露宴プランを考えてくださったのも、葛西さんです。葛西さん、本当に本当に、ありがとうございました」
うわっ、ヤバい……。
優華さん、それは反則だよ。
打ち合わせのときは、こんなこと言うって言ってなかったのに!
ブワッと吹き出した涙をこらえきれず、私は深く頭を下げて、泣き顔を隠した。

すべてが無事に進み、披露宴はお開きになった。
着替えと会計を済ませた一之瀬様と優華さんを、見送りに出る。
「ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ、本当にお世話になりました。もう葛西さんに会えないのが残念です」
「そう言っていただけただけで、幸せです」
優華さんと別れを惜しんでいると、一之瀬様が訊いてきた。
「あの、宮部さんは?」
「あぁ、宮部は、今月から大阪に異動になったんです」
宮部の名前を出すと、胸がチクリと痛む。
でも、今夜、会いに行くんだ!
もう切符は取ってある。
「そうですか、宮部さんにもお礼が言いたかったんですが。よろしくお伝えください」
「はい、必ず伝えます」
「それじゃ」
「新婚旅行、楽しんできてください」
おふたりは、この足で成田に向かい、ヨーロッパに行かれる。
すると、行きかけた優華さんが戻ってきた。
「葛西さん」
「どうしました?」
「姫、って呼ばれてますよね、葛西さん」
「はい、姫子、なので」
「私も、姫って呼んでいいですか?」
「え?」
「これ、私のアドレスです。これからは、お友達として、お付き合い続けられませんか?」
不安そうな表情でメモを渡してくれる優華さんに、思わず抱きつきたくなる。
「喜んで!」
あぁ、もう、また涙が出てきちゃったよ。
「よかった! 私のことも、優華って呼び捨てでいいから。姫、新婚旅行の写真、送るね!」
「うん、楽しみに待ってる」
ギュッとハグすると、優華さんは笑顔で手を振り、一之瀬様と手をつないで出て行かれた。