8.本当の気持ち ― 9

「……どういうことでしょう?」
まさか、美里さんと宮部が付き合い始めたから、とか?
イヤな予感にどぎまぎしていると。
「美里が、宮部を好きになったんです。口には出しませんでしたが、僕にはわかった。それで、美里に振られる前に、逃げ出したんです。美里が僕と別れて、宮部と付き合うのを見たくなかったんです」
「そうだったんですか……」
「僕は向こうで大学を出て、就職して、3年経って。その間、宮部は僕の実家に、何度も連絡をくれていました。そのことは知っていましたが、怖くて連絡を取れませんでした」
「…………」
「でも、仕事の関係で日本に戻ることになって、久しぶりに実家に帰ったら、母が宮部からの伝言を見せてくれたんです。そこにはこう書いてありました。『今までなんとか会おうとしてきたけど、会う気のないおまえには迷惑かもしれないから、もう連絡するのはやめる。それでもおまえを、親友だと思っているし、おまえの健康と成功を、同じ空の下で祈ってる』と」
「…………」
「まいりました。己の小ささを思い知らされて。正々堂々としているあいつに、今までのことを謝ろうと、あの日、会社に会いに行き、謝ったんです」

宮部……。
黒沢さんのことを、本当に大事な親友だって考えてたんだね。
男同士の友情って、いいな……。

「そのときに、僕は自分の思い込みを、正されました。僕は、宮部も美里に好意を持ってると思ってたんですが、そうじゃなかった。宮部は、自分には大切な人がいる、と言いました。それで、あなたのことを聞いたんです」
「そうですか……」
「ただ宮部は、美里が自分に好意を持ってるらしいことには気付いているとも言いました。美里は、僕を一緒に探すふりをして、宮部に近づこうとしてたようです」
「あぁ……」
「そのことで、あいつは心配していました。美里が、あなたに手出ししないかと」
「美里さんが私に? どういうことですか?」
「今回、あいつは大阪に転勤になりましたが、それが決定する前、美里はあなたを異動させようと画策したんだそうです。でも、あなたにはまだ異動に耐えるスキルがないのにそんなことをするなんて、嫉妬からとしか思えないと、宮部は言っていました」
「嫉妬……」
「まぁ、あいつが大阪に転勤になったのには、それだけじゃない理由もあるみたいですが」
「はい……」
それは知ってる。フローリストのマネージャーのせいだ。

「まぁ、事情があるなら転勤も仕方ないと思います。サラリーマンですし、僕だって転勤はありますから。でも、僕が理解できないのは、あいつがあなたを諦める、と言ったことです」
「はぁ……」
「大阪に転勤になることが決まって、あなたとの付き合いをどうしようか考えたそうです。遠距離恋愛するのか、別れるのか。あいつは、別れることを選んだ。あなたが、こちらの出身で、親しい友人もこちらにいるから、というのが、あいつの教えてくれた理由でした」
「…………」
「そこで葛西さん、お聞きしたいのですが、あなたは、宮部について大阪に行くのはイヤですか?」
「えっ……」
「宮部のことは、その程度でしたか?」
「いや、あの……」
「あいつ、向こうに行ったら、戻ってこられないかもしれないと言っていました。でも、確定じゃない。戻れる可能性もあると思うんです。でもあいつは、姫はこっちにいて、こっちの男と一緒になる方がいい、それが姫の幸せだって、言ったんです。僕はそれは違うと思った。葛西さん、あなたは、あいつの言うとおり、こっちにいる男と一緒になる方が幸せですか?」
「そんな……」
「すみません、熱くなりすぎですね、僕。でも、宮部には借りがあるんです。大きな借りが。美里のことで誤解して、あいつに心配かけて。だから、宮部には幸せになってほしいんです」
「…………」
「昨日、美里が宮部に会いに来たそうです。告白されて、断ったと言ってました。そのときに、美里にあなたのことを聞かれて、別れた、と答えたんだそうです。これで、美里もあなたに手出ししないだろうって。僕は、美里のことも、あいつがあなたと別れようと決めた理由のひとつだろうと思っています」
そうか、昨日、美里さん、宮部に……。
だから、あんなに敵意むき出しで。
顔色が悪かったり、目が赤かったのは、泣いたせいかもしれない……。
「葛西さん、宮部のこと、どう思ってらっしゃいますか? あなたが、もう好きじゃないというなら、しかたないと僕も諦めます。でも、まだ少しでも好きな気持ちがあるなら、別れないでやってくれませんか? あいつが、あなたのことを語ってくれた時の顔は、本当に幸せそうだったんです」

黒沢さんの真摯な態度に、そして、宮部の本当の気持ちに、涙があふれそうだった。
でも、こみ上げるものをぐっと飲み込んで、答える。
「好きです。私、宮部のことが好きです。別れたくないです」
「葛西さん、それじゃ……」
「あさって、大切なお客様の結婚式があるんです。それが済んだら、宮部に会いに大阪に行ってきます」
そう言い切ると、黒沢さんは、満面の笑みを見せてくれた。
「ありがとう」
ううん、こちらこそ、ありがとう。
でも、もう涙をこらえきれず、私はお礼の言葉を口に出来なくて、ただ、黒沢さんに何度も頭を下げ続けた。