8.本当の気持ち ― 7

居酒屋の個室に入り、お酒と料理を頼むと、佐奈はすぐに訊いてきた。
「姫、どういうことか、説明して!」
そう言われても、どうして宮部に避けられているのかは、私にも理由はわからないから、事実だけを淡々と報告した。
客観的に見れば、私に非があったのかもしれない。
それをふたりが指摘してくれたら、という期待もあったから、すべてを偽りなく、できるだけ正確に語った。
でも、すべてを話し終えても、ふたりは首をひねるばかり。
「わからないわねー。宮部のヤツ、なに考えてんのよ!」
「ホントね。あんなに姫のことを好きだったんだから、そう簡単に心変わりするとは思えないけど……」
すると、佐奈が、腕を組む。
「なにか、あるのね、きっと」
「なにかって?」
「宮部ってさ、いつもにニコニコしてるけど、案外、策士なんじゃないかと思うのよ」
「たとえば?」
「お客様の家に行く、なんていうのもふつうはやらないじゃない? そういうことをするくらいだから、恋愛に関しても、いろいろ考えて行動してそう」
「うーん、そうかなぁ?」
「そうかなぁって、姫! しっかりしてよ!」
「だって、私、本当に宮部のこと、全然知らないんだよ。知らないままエッチしゃって、すごく後悔してる」
「そこは後悔しなくてもいいんじゃない? お互い好きな気持ちがあってのエッチなら、いいと思うよ?」
由梨は優しい。
でも、佐奈は、辛辣だ。
「それはいいけど、姫は、宮部に遠慮しすぎなのよ!」
「遠慮しすぎ?」
「そう。もっとズバリ知りたいことは訊く、言いたいことは言うってしていかないと! 男と女なんて、ちゃんと言葉にしないと相手の考えてることなんてわからないんもんなんだから」
「うーん……」
「こう言っちゃなんだけど、そうやって黙ってたから、過去の男たちにも浮気されちゃったのかもよ?」
「えっ、そうなの?」
「いや、姫の元カレたちに会ったことがあるわけじゃないから、はっきりとはわかんないけどね。でも、姫、黙って相手の要求をのむばっかりじゃ、男にいいようにされちゃうんじゃない?」
「そっか……」
「よし、姫! 宮部に電話するよ!」
「えっ。でも、私からの電話には、宮部出ないよ。それに、仕事中は留守電にしてると思うし」
「じゃ、私がかける!」

そう言うと、佐奈は自分のスマホを私たちにも聞こえるようにして、宮部に電話をかけた。
しかし、案の定、留守電。
でも、佐奈はそれで諦めはしなかった。
すぐに、丸の内本店へかける。
「はい、ウェヌスハウス丸の内でございます」
「お疲れ様です、吉祥寺店の谷村ですが、こちらから出向してる宮部さんをお願いします」
すると、電話の相手が嬉しそうな声を上げた。
「えっ、谷村って、佐奈?」
「え、そうだけど」
「私、なお! 久しぶり!」
同期のアテンダントだ。
「あぁ、なお、久しぶりー!」
「宮部ね、今、お偉いさんたちと会議室こもってて。ちょっとつなぐのムリかも」
「そうなの?」
「うん。伝言なら伝えるけど」
「うーん、そっか……」
佐奈は、どうしようかと私たちの顔を見る。
すると、由梨が口を開いた。
「なお、私、由梨。久しぶり」
「わぁ、由梨もいたの? 久しぶりー!」
「あのさ、宮部の会議って、何時までやるのかな?」
「さぁ……、毎日、かなり遅くまでやってるのよね。今日も10時とかまでやるんじゃない?」
「そっか。じゃぁ、宮部ってさ、明日大阪行くでしょ?」
「うん。終業後に新幹線で行くみたいよ」
「ねぇ、その新幹線の時間って、わかる?」
「んー、7時半くらいののぞみって言ってた気がするけど」
「そっか、ありがと」
「うん。で、伝言はどうする?」
「んー、それはいいわ。私たちから電話があったことも言わなくていいから。ありがとね」
「うん、じゃ、またねー」

電話を切ると、由梨が私を見る。
「7時半ののぞみだって」
「うん、そう言ってたね」
「行っておいで、姫」
「う……」
「私も佐奈の言うとおりだと思うよ。ちゃんと、自分の思ってることを宮部にはっきり伝えないと。面と向かって『好き、だから大阪に会いに行かせて』って、言っておいで」
「うぅ……」
「それでも『ダメ』って言うなら、ちゃんと姫が納得できるまで、理由を訊いて? そうじゃないと、姫、どこにも進めないでしょ?」
隣で佐奈もウンウンうなずいている。
ふたりの言うことはもっともだと思う。
ウジウジして、モヤモヤを抱えたままじゃ、宮部のことを、忘れようにも忘れられない。
振られるなら、きっぱり振られないと、次の恋に進むこともできない。
私にとっては、面と向かって堂々と訊いたり話したりって、すごく難しいことだけど、でも、やらなくちゃ。
一歩踏み出さないと、何も始まらない。
「うん、わかった。明日、会社が終わったら、東京駅に宮部に会いに行ってくる。それで、ちゃんと話してくる」
決意表明すると、ふたりは笑顔で励ましてくれた。
「がんばれー、姫!」
「応援してる!」
ふたりの好意を無にしないためにも、しっかり宮部に想いを伝えなきゃ。
宮部の考えてることも、全部訊いてこよう。
今度こそ、はぐらかされないように。
今度こそ、ちゃんと納得できるまで、がんばろう!