8.本当の気持ち ― 6

スタスタと非常階段の方へ歩き出した美里さんを追う。
「待ってください。それ、どういう意味ですか?」
ひと気のない階段の下に来ると、美里さんは立ち止まり、腕を組んで私を睨んだ。
「あなたを困らせたかったのよ。ティアラがなくなって、あなたが困ればいいと思ったの!」
「そんな……。ティアラがなくなったら、お客様にも迷惑がかかります。私が困るだけじゃ済まないんですよ?」
「フン、お客様に迷惑がかかる前に戻すつもりだったわよ」

こんなに敵意むき出しの美里さんは初めてだ。
本社に行っていた美里さんが、こんなふうに態度を豹変させたってことは、理由はただひとつだろう。
いつか、美里さんとも、話さなきゃならない時が来るんじゃないかとは思ってた。
ただ、触れずに済ませられるものなら、そうしたかった。
だけど、そうもいかないみたい。
「……宮部と、なにかあったんですか?」
遠慮がちに訊くと、美里さんはまた私を睨む。
よく見ると、目が赤い。
答えてくれないので、質問を変えてみる。
「宮部のこと、好きなんですか?」
今度は答えてくれた。
「好きよ。あなたなんかより、ずーっと前から好きよ!」
やっぱり。
でも、ずっと前からって……。
「宮部から、美里さんは、黒沢さんの彼女だと聞きました。違うんですか?」
訊くと、美里さんはわずかに顔をゆがめる。
「黒沢のことを、なんであなたが知ってるのよ?」
「以前、黒沢さんが宮部を訪ねて、ここにいらしたんです。それで、宮部から、黒沢さんは大学時代の友人で、美里さんの恋人だと、聞きました」
「そんなの昔の話よ!」
吐き捨てるように言う美里さん。
ってことはつまり、黒沢さんは大学時代の恋人で、今は、というか、かなり前から、宮部を好きになったってことか。

そんなふうに思いめぐらしていると、美里さんは私に背を向けた。
「ティアラのことは魔がさしたの。謝るわ。もうあんなことしないから、安心して。あなたとは仲良くできないと思うけど、個人的な感情と仕事は、今後はちゃんと切り離すから」
そう捨て台詞を残し、美里さんはさっさと行ってしまった。

いったい、どうなってるの? わけがわからない。
それもこれも……、全部、宮部のせいよ!
ムカムカしてきて、衝動的に宮部に電話をかけた。
でも……、相変わらずの留守電。
あぁっ、もうっ!
仕事中だから留守電にしてるんだろうけど、それさえも憎らしい。
すぐにメールを打つ。
『美里さんがそっちから戻ってきて、優華さんの使うティアラを隠そうとした! あんた、美里さんになにしたのよ!』
でも。
あー、もうもうもうっ!
諦めると決めた相手に、こんなメール打ってどうしようっていうのよ、私は!
自分にも腹が立ってくる。
メールは送らずに破棄し、仕事に戻ることにした。

再び、誰もいない接客コーナーに座る。
何も考えずに、ダイレクトメールの宛名書きを続けた。
単純作業はいい。
モヤモヤした気分を落ち着かせてくれる。
やがて、終業時刻が近づき、佐奈が呼びに来た。
「姫ー、先輩が、もうこっち引きあげていいって」
「はーい、了解」
片づけを始めると、佐奈がそばに立ったまま話しかけてきた。
「そうだ、さっきはありがとね、助かった」
「あぁ、どういたしまして。花嫁さん、大丈夫だった?」
「うん、なんとかねー。それにしても参ったわよ。プランナーの先輩が、今日は強風だから、外でデザートビュッフェするのはちょっとって提案してさ、新郎新婦も中止に賛成してくれたんだけど、ゲストの新婦の会社のお局さんが、ガーデンでデザートビュッフェするって聞いたから来たのに、とか文句言い出してさ。それで、しぶしぶやることになったんだけど、案の定、いろんなものが風で飛ばされるわ、花嫁さんもゲストもみんな髪の毛メチャクチャになるわ、大騒ぎよ」
「ハハハ、大変だったねー」
「笑いごとじゃないわよー」
たしかに、当事者にとっては笑いごとではないだろう。
でも、はたで聞いてる分には十分笑い話だ。

「ところでさ、姫。明日、どうするの?」
「え、明日って?」
訊きかえすと、佐奈が、そんなの決まってるじゃない、と続ける。
「宮部よ。見送りに行くの?」
「え?」
「明日、大阪行くんでしょ、宮部?」
「あー……」
佐奈にも由梨にも、宮部から避けられている話はしていない。
隠してたわけじゃなくて、たまたま宮部の話題が、最近私たちの間で出てなかったってだけなんだけど。
だから、私と宮部がまだ付き合ってると思ってるのだろう。
私的には、最初から、付き合ってたのかどうかさえも、微妙な感じなんだけどね……。
せっかくの機会だから、佐奈には話しておこうか。
「あのね、佐奈。実は私、宮部が本社に行ってから、ずっと避けられてるんだ。電話にも出てくれないし、メールも返信くれないの。まりあさんの送別会のときにちょっと話したんだけど、そのときも、大阪に会いに行ってもいい?って聞いたら、遠まわしにダメだって言われた。私、振られちゃったみたい」
「……はぁ?」

それからすぐに佐奈は由梨を緊急招集と言って呼び出し、これから3人で飲みに行くわよ、と、私と由梨を強引に連れ出した。