8.本当の気持ち ― 5

その4日後の8月30日、木曜日。
台風並みに風が強い中、美里さんは、本社に出かけて行った。
チーフになってからの美里さんは、今まで以上に精力的に働いている。
今日は、全国の支店のプランナーのチーフが集まって、会議があるらしい。
本社か……。
本社には、宮部がいる。
あさっての9月1日からは大阪に行ってしまうけど、今日はまだ、本社で勤務しているはず。
美里さん、宮部に会うかな?
いいな、私も宮部に会いたい。顔を見るだけでも……。
忘れなきゃ、とは思っているけれど、感情は自分の思うとおりにコントロールできない。
宮部のことを思い出すと、胸が痛くなる。
気分も重くなる。
あー、ダメダメ! 仕事中なんだから!
頭を振って気持ちを切り替え、席に座り直していると。

「姫ちゃん、今日は私、結婚式が入ってるから、接客コーナーお願いね」
先輩に声をかけられ、笑顔を作った。
「はい、了解しました! でも、こんな風の日に大変ですね」
「そうなのよー。今日のお客様、ガーデンでデザートビュッフェやる予定だったんだけど、これじゃムリだから、中でやっていただくように変更のお願いしないと」
「フラワーシャワーとかブーケトスとかは大丈夫ですか?」
「あぁ、そっちもあったわ! もう、まいっちゃうなぁ」
ぼやきながらオフィスを出て行く先輩を苦笑いで見送り、接客コーナーに入る。

しかし、8月下旬とはいえ、まだまだ暑さの厳しい中をやってくるお客様はいない。
しかも今日は平日。
静かな接客コーナーで、3日後に迫った優華さんたちの式の段取りを確認したり、ウエディングフェアに来てくださったお客様に出すダイレクトメールの宛先を書いたりしていたら。

――バタバタバタバタッ。
廊下を誰かが走ってくる音。
なにごと?
顔を出すと、佐奈だ。
切迫した表情で、どうやら緊急事態らしい。
「佐奈、どうしたの?」
「あ、姫! ちょっとお願い!」
「なに?」
「外でデザートビュッフェしたら、花嫁さんの髪の毛がひどいことになっちゃって! ヘアメイクの担当者、呼んできてくれる? 私は、ブーケ直してもらいにフローリストの方、行くから!」
「わかった!」
走ってヘアメイクのオフィスに向かいながら、窓の外を見ると、まだゴウゴウと風が唸っている。
この強風の中でデザートビュッフェやったんじゃ、そりゃぁ、髪の毛も乱れるよね……。

ヘアメイクのオフィスにたどり着き、声をかける。
「すみませーん! 今日の花嫁さんの担当者さん、いますかー?」
「はーい? 私だけど?」
事情を伝えると、担当者はすぐに花嫁さんの元へ向かってくれた。
よかった。これでひと安心。
ほっと息を吐くと。

「ちょっ、なにしてるんですかぁ!?」
隣のメイク室から、尖った声が聞こえてきた。
さらに。
――ガチャン!
「きゃあっ!」
ガラスの音と、小さく悲鳴も。
驚いてメイク室に行くと、アシスタントの子が、ティアラを手に呆然と立ち尽くしている。
「どうしたの?」
訊くと、眉を寄せて、手に持ったティアラを見せてくる。
「葛西さぁん。今、美里さんが、これを持ち出そうとしてたんですよぉ」
「え、美里さんが?」
美里さんは、今日は本社に行ってるはずだけど……。
「物音がしたんで、オフィスからメイク室を見に来たら、美里さんがこれをショーケースから出して持っていこうとしてたんで、声かけたんです。そしたら、急にこれ私に押し付けて、行っちゃいましたぁ」
見ると、それは、このあいだ優華さんがヘアメイクリハーサルでつけていた、バラモチーフのダイヤののティアラ。
まさか……。
美里さん、あのとき、優華さんがこれをつけてるのを見て私を睨んできたけど、私に対する嫌がらせ、とか?

「さっき、ガラスが割れるような音が聞こえたけど、壊れてたりしない? あとケガはない?」
「あぁ、それは、私がよろけてショーケースにぶつかった音だと思います。ガラスは割れてませんし、ティアラもなんともないです」
「そう、よかった。美里さんには、私から事情訊いてみるよ。とりあえず、それはしまっておいて。あと、このことは、事情がわかるまで誰にも言わないでおいてくれる?」
「はい……」

急いで美里さんを追う。
自分たちのオフィスの方へ走って行くと、廊下の先に美里さんの後ろ姿を見つけた。
本社から、戻ってきてたんだ……。
「美里さん!」
近づいていって声をかけると、美里さんは立ち止まった。
でも、振り向かない。
前に回り込んで正面に立つと、顔色がよくないのがわかった。
「美里さん、あの……、体調、良くなんですか?」
訊くと、ついと目をそらす。
「べつに」
こんな態度、美里さんらしくない。
でも、だからといって、ティアラのことをなかったことにはできない。
「あの……、ヘアメイクのアシスタントの子から聞きました。ティアラをどうするつもりだったんですか?」
「…………」
美里さんは、うつむいて答えない。
こうなったら、はっきり訊くしかないか。
「あのティアラ、私のお客様が使うティアラなんですけど、このあいだ美里さん、リハーサルのとき、メイク室で見てましたよね? 私のお客様が使うものとわかってて、あれをどうかしようとしてたんですか?」
詰め寄るように訊くと、美里さんは顔を上げて私を睨んだ。
「あなたが大阪に行けばよかったのに!」
「えっ……?」