8.本当の気持ち ― 3

うーん、なんとなく釈然としないけど、じゃぁ、次。
「話変わるけど、宮部、優華さんの家に行ったこと、全部ひとりで責任取ったって聞いたんだけど。それっておかしくない? 私も一緒に行ったのに」
「それは、俺が姫をだましたんだから当然だろ? マネージャーの許可を取ったって言ったから、姫は一緒に行ったんだから」
「それはそうだけど……、でも、私も実際に行ったじゃない!」
「まぁまぁ。それはもう済んだことだからさ」
「でも……。宮部、かばってくれてありがとう」
小さな声で礼を言うと、宮部は微笑んだ。
「いいって。俺は事実を報告しただけなんだから」

……そんなふうに笑わないでよ。
そのせいで、宮部は大阪に異動になっちゃったんでしょ?
「ねぇ、宮部」
「ん?」
「9月から、大阪、行くんだよね?」
「あぁ」
「東京には、ときどき戻ってるの?」
訊くと、宮部は急に大きく伸びをした。
「いやぁ、当分は休み返上だろうから、ムリかなー。一緒に向こうに行く新人を今面倒見てんだけど、そいつが手のかかるヤツでさ。それに、資料とかも全部自分たちで用意しろって言われてんだぜ、ひでぇだろ?」
「あのさ、新人って……、男の子? 女の子?」
「男だよ」
「そっか……」
ほっとした。
マンツーマンで指導してるのが女の子だったら、ちょっと嫉妬したかも。
「じゃぁ、全然戻ってこれないの?」
「うん、しばらくはそうだろうなー」
宮部は平気そうな顔でそう答える。
でも、私は全然平気じゃない。
1か月連絡を取れなかっただけであんなにつらかったのに、また何か月も会えないんて、耐えられないよ。
だから、体中の勇気をかき集めて、訊いてみた。

「じゃぁ、私から会いに行ってもいい?」
私としては、かなり思いきった発言。
だけど、宮部は視線をそらして黙り込んでしまった。
……き、気まずい。
宮部、なんとか言ってよ!
聞こえなかったわけじゃないでしょ?
返事を待って、宮部の顔を見るけど、なにも言ってくれない。
あぁ、もうムリ! 沈黙に耐えられない!
「えーっと、宮部は、大阪観光ってしたことある?」
黙ってられなくて、どうでもいい質問をしてみたら。
「いや、ない。まぁ、向こうに行っても、半年くらいは観光名所を回る暇もないだろうなぁ」

え……、なにそれ?
遠まわしに、大阪に来るなって言ってる?
今のは、そんなつもりで訊いたんじゃないんだけど……。
愕然としていると、さらに追い打ちをかけるように。
「大阪に行ったら、3年は帰れないんだって。っていうかむしろ、3年経ったら、マネージャーになれるくらい成長しろって言われたよ。大阪店で、最年少マネージャーの誕生を期待してるとか店長に言われちゃって。俺、そんなガラじゃないよなぁ? 笑えるだろ?」
……全然、笑えないよ。
だって、宮部、マネージャーにだってなれると思うもの。
だけど……、それじゃ、いったい、いつこっちに戻ってこられるの?
もしかして、帰ってこないつもりだって、言ってる?
もう会えないってこと?

泣きそうな気分だけど、あえて笑顔を作る。
「そういえば宮部、優華さんのお父様が優華さんに、宮部のお祖父さんの話をしたんだって。それで、お父様が宮部によろしくって言ってたって」
「へぇ、そっか。いい親父さんだったよな」
「たった一度会っただけのお客様のお父様にそんなに気に入られるのって、すごいと思うよ。宮部は、最年少マネージャーになれると思うよ。頑張れー!」
おどけて言うと、宮部は笑いながら、私のおでこをツン、と突ついてきた。
「姫、俺のこと、買いかぶりすぎ!」
――ドキン。
宮部の指先が触れた部分だけ、熱を持ったように熱い。
「姫も早く一人前のプランナーになって、美里さんの次のチーフ目指して頑張れよ!」
チーフなんて……、そんなのどうでもいいよ。
宮部のそばで、宮部と一緒に、働きたかった……。

ぐっと唇をかんでいると、宮部は時計を見た。
「俺さ、戻らなきゃならないんだ」
「え?」
訊きかえす間もなく、宮部は立ち上がった。
「まりあさん、俺、仕事残ってるんで、これで失礼します」
テーブルの向こうにいたまりあさんが、驚いて宮部を見上げる。
「え、そうなの? 忙しいところ、わざわざ来てくれてありがとう。大阪でも頑張ってね」
「はい! まりあさんの直弟子ですからね、俺は。まりあさんの精神を受け継いで頑張りますよ。まりあさんも、お母さん業、頑張ってください。それで育児が落ち着いたら、また戻ってきてください」
「フフ、そうね。ありがとう」
「それじゃ」

宮部が行っちゃう……。
呆然と見ていると、宮部はもう振り返ることなく、店を出て行ってしまった。
結局、宮部にとって、私はなんだったんだろう?
これで、全部終わりってこと?
釈然としない。やりきれないよ……。
でも宮部は、一度決めたことは、きっと覆さない。
きっと、もう会えない。
私は、こんなモヤモヤした思いを抱えたまま、それでも、宮部を忘れなきゃならないんだ。
諦めなきゃ……。