8.本当の気持ち ― 1

7月31日、まりあさんの最後の日、イタリアンのレストランを貸し切って、盛大に送別会が開かれた。
佐奈と私が幹事を務めたのだけど、顔の広いまりあさんの送別会だけあって、出席者は100名以上。
お店の定員以上の人数が集まってしまったため、予備のイスを出ししてもらって全員分の席は確保したけれど、店員の数は明らかに足りてない。
佐奈と私も店員代わりをして、各テーブルに料理やお酒が足りてるか、目を配るのにてんてこ舞いだ。
そこに、少し遅れて、宮部がやってきた。
いつ来るかと、入り口をずっと気にしてたから、私の方は宮部が入ってきた瞬間に気づいたんだけど、宮部は私には目もくれず、まっすぐまりあさんの元へ歩いていく。
まぁ、今日の主役はまりあさんなんだから、あたりまえだけど。

「まりあさん、お疲れ様でした!」
宮部は、得意の王子スマイルで、持参した花束をまりあさんに渡した。
自分に向けられた笑顔じゃなくても、久しぶりに宮部の笑顔が見られて、すごく嬉しい。 それにしても、こういう気遣い、さすが宮部だよね。
オフィスのみんなでお金を集めて、花束と記念品はすでにまりあさんに渡してあるんだけど、本社に出向中でそれに加われなかったからって、個人的に花束を持ってくるあたり、宮部ならでは、だと思う。
男の人ってふつう、照れちゃって花束なんてめったに買わないと思うんだけど、それをさらっとやっちゃうのが、宮部のかっこいいところのひとつ。
あぁ、もう……、そんなのでまたときめいちゃって、私も相当重症だ……。

宮部はそのまま、まりあさんの隣にちゃっかり座って、にこやかに談笑し始めてる。
いつのまにか、お酒も手にしてるし。

「姫ちゃーん、こっち、赤ワイン頼むー」
「あ、はーい!」
パーティールームのマネージャーに頼まれ、笑顔で返事したら。
「葛西さん、こっちチーズの盛り合わせ追加でお願いしまーす」
ヘアメイクの子からも注文。
「りょうかーい!」
佐奈も、忙しそうに立ち働いてるし、私も今日は黒子に徹しなきゃ。

そうは思うけど、やっぱり宮部が気になる。
ふと見ると、いつのまにか、宮部の隣には美里さんが座っていた。
まりあさんと3人で、ニコニコ喋ってる。
うぅー、私も宮部と話したいこと、たくさんあるのにー!

「葛西さーん!」
「はーい!」
半分やけになって、大声で返事して、呼ばれた方へ行く。
「デキャンタ空いたから持ってってくれる?」
「はい!」
大きなデキャンタを両手にひとつずつ持って厨房へ運んでいくと、急に耳元で低い声が聞こえた。
「姫、眉間にしわ。まりあさんが、姫ちゃん大丈夫かしらって、心配してるよ。ダメじゃん、主賓に気を使わせちゃ」
えっ、この声って、宮部!?
――ドキンッ!
振り返ると同時に、いつのまにか後ろにいた宮部に、デキャンタを奪われた。
わわわっ、なに普通の顔してそんなことしてんのよ!
でも、まりあさんに気を使わせてるのは、たしかにマズイ。
パッとまりあさんの方を見ると……、佐藤マネージャーと笑い合ってる。
……やられた。
「ちょっと、宮部、ウソばっかり!」
そう突っ込んだけど、心臓はドキドキ。
宮部は、厨房にデキャンタを返すと、代わりに新しくワイングラスを二つもらい、私をうながして歩いていく。

「ほら、ちょと休憩しな。眉間にしわはホントだったよ」
オフィスのみんなが座っているテーブルの、一番端の空いていたイスを引いてくれる宮部。
「……ありがと」
ちょっとむくれながら座り、グラスを受け取る。
美里さんがこっちを見てるのに気付いたけど、今はそれどころじゃない。
やっと、宮部と話せるチャンスが来たんだもの!
この機を逃したら、またいつ話せるかわからないし。
まずは、電話にもメールにも返事をくれないことを、問いただそうとしたら。

「ゴメンなー、姫。怒ってるよな?」
「え……?」
いきなり謝られて、出鼻をくじかれてしまった。
「異動が決まってから、毎日のように徹夜続きで、全然時間が取れなくてさぁ」
謝られたけど、でもやっぱり言わずにはいられない。
勢いはそがれちゃったから、遠慮がちに抗議する。
「でも、1回くらいメールくれてもいいんじゃない?」
「うん、そうだよなぁ」
「スマホ、もう直ってるんだよね?」
「あぁ、あれな。直った直った。3日乾かして電源入れたらバッチリ! 大事なデータが飛ばなくて助かったよー!」
なんだか、いつもよりテンション高めの宮部。
まぁ、いいけど。
「あのときはごめんなさい」
「いやいや、もう必要なデータはバックアップしたから、気にしないで」
「必要なデータって、アドレス帳とか?」
「いや、そういうのはバックアップしてあったんだけど、姫の写メとかさ」
ニヤリとしながらそんなことを言う。
宮部のこういういたずらっぽい表情を見るのも久しぶりだ。
「私の写メ? そんなの撮ったことあったっけ?」
「んー、隠し撮り?」
「はぁ? いつ?」
「フフフ、俺が姫に一目ぼれした瞬間のとか」
「えっ、ちょっとなにそれ、見せてよ」
「やーだ。俺の宝物だから」
「なによ、もうっ!」