7.四角関係……? ― 3

「今、ふたつの大きな問題が並行して進行してるの」
「ふたつ?」
「そう。ひとつは、佐奈ちゃんが言った大阪への異動の件。そして、もうひとつは」
そこで言葉を切って、まりあさんは私を見る。
なんだろう?
まりあさんの怖いくらい真剣な目に、胸騒ぎを覚える。
「もうひとつは……、宮部君がお客様宅を訪問した件」
「えっ……」

まさか、今ここで、そんな話が出てくると思わなかった。
「それって、もう解決したんじゃ……」
私は、そう思ってたんだけど。
まりあさんは、唇を引き結ぶ。
「うん……、一旦はね、解決したのよ、一旦は」
「どういうことですか?」
「昨日、佐藤マネージャーと、私と、あと店長も加わって、宮部君から事情説明を受けたの。お客様宅を訪問なんて前代未聞のことだから、店長も相当お怒りで、かなりの雷が落ちたわ」
「そうだったんですか……」
全然知らなかった。
「でも今回は、結果的にお客様のお役に立てたってことで、宮部君には、厳重注意っていう処分で済むはずだったのよ」
済むはずだった、ってことは、そうじゃなくなったってことだ。

案の定、まりあさんは苦しげに続けた。
「でもね、今朝になって、フローリストのマネージャーが、この件をどこかから聞きつけてきて、もっと重い処分にするべきだろうって、他の部署のマネージャーたちも巻き込んで大騒ぎし始めてね……」
「えぇっ、うちのマネージャーが、ですか?」
フローリストと聞いて、由梨が驚く。
すると、鈴木さんが顔をしかめてうなずいた。
「ほんっと、どうしようもない人よね。自分のやるべき仕事はしないくせに、関係ないとこに首突っ込むんだから」
まりあさんも苦々しげにため息をつく。
「一旦、店長が処分を決めたんだから、フローリストのマネージャーごときが、でしゃばる問題じゃないんだけどね。ただ、あの人、本社のお偉いさんの親戚でね、店長も無視できないのよ」
「そうだったんですか……」

初めて聞く話にビックリしていると、佐奈が「あぁ、だから!」と声を上げた。
「なに?」
訊くと、佐奈は由梨の方を気にしながら遠慮がちに言う。
「ほら、ちょっと前に、鈴木さんが入院中に、由梨がブーケを間違えちゃったことがあったじゃない? あのとき、そもそもそんなことになったのは、マネージャーの管理能力不足が原因なんだから、きっとどこかに飛ばされるだろうって思ってたのに、そうならなかったから、おかしいなと思ってたのよ」
「あぁ、たしかに」
そういえばあのとき、佐奈と宮部は、ふたりしてそんなこと言ってたっけ。
フローリストのマネージャー、店長でも手を出せないコネのある人だったんだね……。

納得していると、まりあさんが話を続けた。
「まぁ、あのマネージャーがあぁいう人なのは、よそのマネージャーたちもわかってるし、佐藤マネージャーが根回ししてるはずだから、宮部君がこれ以上の処分を受けることはないと思うんだけど、ひとりで『クビにしろ』とか、派手に騒いでてね……」
「ええっ、クビですか?」
驚くと、私を安心させるように、まりあさんは微笑む。
「それは、フローリストのマネージャーひとりが騒いでることだから、そうはならないはず、なんだけど……」
まりあさんの歯切れの悪い口調が気になったけど、それよりも私には腑に落ちないことがあった。
「まりあさん、あの、ちょっと話を戻して申し訳ないですけど、そもそも、どうして宮部ひとりが処分を受けてるんですか? 源様は私が担当しているお客様ですし、私もお宅に宮部と一緒に行ったのに、私は佐藤マネージャーに口頭で注意されただけで、宮部だけ処分だなんて……」
すると、まりあさんは困ったように眉尻を下げる。
「それは……」

まりあさんが言いよどむと、鈴木さんがうながした。
「人の口に戸は立てられぬっていうし、よそから聞かされるより、まりあさんの口から言ってあげた方がいいんじゃないですか?」
どうやら、鈴木さんはすべての事情を知っている様子。
「お願いします、教えてください!」
まりあさんに頭を下げて頼みこむ。
すると、しばらくためらったあと、まりあさんは口を開いた。

「実はね、そのことが、大阪への異動の件とも関係してるのよ」
「えっ、そうなんですか?」
源様のお宅訪問の件と大阪の件は、全然別のことなのに、どう関係してくるんだろう?
「ちょっとややこしいから、順を追って話すわね」
「はい……」