7.四角関係……? ― 4

「最初、美里さんが大阪異動の件を聞きつけて、佐藤マネージャーに姫ちゃんを推薦してきたらしいのよ」
「えぇっ、美里さんが私を?」
美里さんの名前が出てきてドキリとしたところに、自分が推されたと聞いて、二重に驚いた。
「ええ。でも、佐藤マネージャーはそれには反対で、姫ちゃんはプランナーになりたてだから荷が重すぎるだろうって言ったそうなの。そうしたら彼女、アテンダントとして行かせればいいって。お客様を怒らせたり、お客様宅訪問なんて、プランナーのすることじゃないって、かなり厳しい意見だったらしいのよ」
「なるほど……」
美里さんの言うことはもっともだから、反論のしようがない。
「でもね、それを宮部君が聞いてたらしくて、美里さんがいなくなってから、佐藤マネージャーに言ったんですって。お客様宅訪問の件は、自分が、マネージャーの許可を取ったと嘘をついて姫ちゃんを連れて行ったのだから、姫ちゃんには責任はない、それに、そもそも、お客様を怒らせて破談の危機にさらしたのは、美里さんじゃないかって。それに関しては、佐藤マネージャーも、姫ちゃんの報告書を読んだり、宮部君から報告を聞いたりして、美里さんらしくない接客だなとは思ってたらしいのよ」

言われて、宮部が美里さんに詰め寄っていたときのことを思い出した。
あのときも宮部は、同じようなことを言ってたっけ。
『わざとお客様の怒りをあおるようなこと』とか『火に油を注ぐようなトーク』とか……。

まりあさんは続ける。
「私もね、それについては、ふだんの彼女らしくない接客トークだとは思ったの。いつもの彼女なら、お客様が怒ってしまわれても、うまくコントロールできると思うのよ。それを、わざとダメにするような持っていき方をしてるなぁって……」
私は全然気づかなかったけど、まりあさんがそう言うなら、きっとそうなんだろう。
美里さんが、どうしてそんなことをしたのかはわからないけど……。

「でね、宮部君は、もし姫ちゃんを処分するなら、その前に美里さんを処分すべきだって主張したんですって。だけど、美里さんは次期チーフだし、佐藤マネージャーもそんなに何人も処分するのはちょっとって渋ってたら、宮部君は、だったら姫ちゃんも美里さんも不問にして、自分だけを処分してくれって頼んだらしいの」
「そうなんですか……」

宮部、全部自分ひとりで責任を負ってくれたんだ。
私だって、同罪なのに……。
「それで、一旦は厳重注意って処分になったんだけど、そこに、フローリストのマネージャーが『クビにしろ』って騒ぎだして。そしたら宮部君、『自分を大阪に飛ばしてくれ』って言い出してね」
「ええっ!? 大阪に?」
「そうなの。それを聞いた店長は、たしかに、宮部君に大阪に行ってもらえば、双方丸く収まるって考えはじめてるみたいなのよ」
「そんな……」

それってつまり、要約すれば、宮部は私をかばって大阪に行く、ってことだよね?
そんなの、自分が大阪に異動になるより、つらい。
宮部……。
私にはなにも言ってくれないで、勝手に全部決めちゃって、ズルいよ……。

ショックで、黙りこんでしまった私に、まりあさんが訊いてきた。
「姫ちゃん、ちょっと気になってるんだけど……、美里さんとなにかトラブル抱えてない?」
「えっ……」
ギクリとしてまりあさんを見ると、心配そうな視線とぶつかった。
「さっきも言ったけど、私には、美里さんが姫ちゃんの案件をわざと壊そうとしたように思えたの。それに、姫ちゃんを大阪に推薦したりもするし。ねぇ姫ちゃん、なにか仕事上で美里さんとトラブルがあるなら、私でよければなんでも言って?」
「いや、そんなことはなにも……」

少なくとも、私に覚えはない。
あるとすれば、美里さんと宮部とクロサワさんという人の間になにかあるんだろうけど、それがなんなのかは、私にはまったくわからない。
宮部は美里さんに、『俺のせいですか?』って訊いてたけど……。
私にも、関係してるのかな?

考え込んでいると、鈴木さんが茶化すようにつぶやいた。
「仕事上で思い当たることがないなら、単なる嫉妬、なんじゃないの?」
「え?」
「宮部君が姫ちゃんをかばうのが面白くないんでしょ、美里さんとしては。姫ちゃんだって、そっち方面なら思い当たることあるでしょ?」
鈴木さんはいたずらっぽい表情で私を見る。
「えっ、あの、それは……」
鈴木さん、私と宮部のこと知ってるの?
心の奥までのぞきこまれそうな大きな瞳にドキドキしていると。

「あー、やっぱりそうなんですねー」
今まで黙っていた佐奈が大きな声を出した。
「ん? 佐奈ちゃん、やっぱりって?」
鈴木さんが佐奈に訊くと。
「美里さんのことです。宮部狙いなのかなぁって思って、私もけん制したりしたんですけどねぇ」
「へぇ、けん制って?」
鈴木さんは興味津々な様子。
「へへへ、美里さんに『宮部は新人の頃から姫狙いですよ』って教えたりとか」
あぁ、そういえば、そんなことあったっけ。
「へぇー、佐奈ちゃん、言うねー。でも姫ちゃん、女の嫉妬は怖いから気をつけなねー。まぁでも、姫ちゃんは彼女なんだから、堂々としてればいいと思うけど」
「はぁ……」
いつのまに鈴木さんが私と宮部の関係を知ったのかわからないけど、さっきの由梨との様子からすれば、たぶんそこからだろう。
まぁ、それはいいけど、ただ……。