7.四角関係……? ― 2

私が言いかけると、佐奈は食べ終えたフォークを置き、腕を組んだ。
「わからない者同士で話してても埒が明かないわ。情報が欲しいわね」
由梨もうなずく。
「だれか詳しいこと知ってそうな人、いないかしら?」
「うーん、佐藤マネージャーが話してる可能性があるのは……、まりあさんかな」
うん、私も佐奈に同感。
まりあさんなら、もうすぐ退職予定だから異動対象者にはならないし、佐藤マネージャーの信頼も厚いから、適任者を相談してるかもしれない。
すると、由梨が言った。
「まりあさんなら、隣の定食屋さんにいると思うよ。さっき、私がオフィス出るとき、うちの鈴木さんのとこに来て『今日は焼き魚定食の気分』って言ってたから」
それを聞いた佐奈が目を光らせる。
わっ、この表情、ヤバいんじゃ……。
思う間もなく、佐奈は伝票を持って立ち上がった。
「隣、行くわよ!」
やっぱり!
「ちょっと、佐奈、私まだ食べ終えてない……」
「いいから、早く!」

引っ張られるようにして会計を済ませ、隣の定食屋さんへ。
見回すと……、いた!
たしかに、フローリストの鈴木さんとまりあさんが、向かい合って食事している。
「まりあさーん!」
佐奈が声をかけると、いいタイミングで、まりあさんたちの隣のテーブルにいたサラリーマンたちが席を立った。
すかさず、その席にすべりこむ佐奈。
ホント、佐奈のこういう行動力には、いつも舌を巻く。
由梨は鈴木さんに会釈して席に着き、私もまりあさんに苦笑まじりに会釈してそこに座った。
「みんなそろって、どうしたの? お昼、これから?」
まりあさんは、時計を見て不思議そうに言う。
もう昼休憩に入って30分過ぎてるんだから当たり前だ。
「いえ、食事は済ませたんですけど、まりあさんに相談があって」
佐奈は、注文を取りに来た店員さんに、勝手にコーヒーを3つ頼むと、またすぐにまりあさんに向き合った。
「私に相談? なに?」
「大阪の新店舗への異動のことです」
ズバリ言う佐奈。
でも、まりあさんは表情を変えない。
「なんのこと?」
まりあさんがなにも知らないってことはないだろうから、とぼけてるのかな?
そこで佐奈が、『実は、佐藤マネージャーに転勤を打診された』と話すと、やっとしぶしぶながら、という表情で訊いてきた。
「それで、私に相談って?」
「佐藤マネージャーは、うちからひとりは出さなくちゃならないっていうようなことおっしゃってたんですけど、うち、今、そんな余裕ないと思うんですよ。まりあさんなら、佐藤マネージャーから、そのことについてなにか聞いてるんじゃないかと思って」
すると、まりあさんはカラカラと笑った。
「人事はマネージャーの仕事よ。たとえ相談されたとしても、私にはなんの権限もないし、決めるのはマネージャーだから」
あくまでも、私たちに情報をもらす気はないようだ。
さすが、口の堅いまりあさん。
でも、どうしても知りたい。
私は身を乗り出した。
「まりあさん、宮部が行くんじゃないですか?」
まりあさんは、首をかしげる。
「どうしてそう思うの?」
「昨日も今朝も、宮部、ずーっと会議室にこもってますよね? あれって、その大阪行きのことを相談してるんじゃ……」

すると、それまで気配を消すようにしていた鈴木さんが、チラリとまりあさんを見た。
それに、由梨も気付いたらしい。
「鈴木さん、なにか聞いてるんですか? 教えてくださいよ。佐奈も姫も、浮足立っちゃって、このままだと午後の業務に身が入らないと思うんですよね」
由梨は、まりあさんの表情もうかがう。
鈴木さんも、口は開かないけれど、じっとまりあさんを見た。
すると、まりあさんが根負けしたように、大きく息を吐き出した。
「もう、しょうがないわね」
それを聞いた鈴木さんは、ニヤリと笑う。
「ったく、鈴木ちゃん、表情に出さないでよ!」
まりあさんが鈴木さんに文句を言うと、鈴木さんは意味ありげに微笑む。
「秘密主義もいいけど、私は、そろそろこの子たちにも、いろんなことを教えていくべきだと思ってるんで。特に由梨には、私は嘘をつきたくないし」
さらっと言って、鈴木さんは由梨に目配せする。
由梨は嬉しそうに微笑んだ。
フローリストは、このふたりで持ってるって話だけど、いいコンビなんだな、きっと。

すると、まりあさんは姿勢を正して私と佐奈を見た。
つられて私と佐奈も背を伸ばす。
「じゃぁ、話すけど、これはここだけの話だからね。他言無用よ」
「はい!」
やった、教えてもらえるんだ!
ドキドキしながら、まりあさんの言葉を待つ。
まりあさんは、そっとあたりをうかがってから、少し声を低めた。