6.父の想い ― 7

宮部の苛立った声が聞こてきた。
「黙ってないで、なんとか言ってくださいよ」
「…………」
「俺、通夜のときに頼みましたよね? 姫のサポート頼みますって」
「だからそれは、私も接客中で……」
「それはウソです。今、まりあさんに確認してきました。お客様カードも見ましたけど、昨日は、新規のお客様はありませんでしたよ」
「それは、パンフレットだけご希望のお客様で、すぐに帰られてしまったから」
「だったら、そのすぐあとで、姫のサポートに入れましたよね?」
「でも、そのときにはもう、姫ちゃん、ひとりで接客してて、途中から入るのはどうかと思ったから……」

私のこと?
宮部、昨日の接客のことで美里さんを責めてるの?
それは、筋違いじゃ……。
そう思ったんだけど。

「じゃぁ、あのトークは? 姫から詳細に聞きましたよ、美里さんの接客トーク。怒ってるお父さんをわざとあおるようなこと言ったみたいですね」
「そんな……。姫ちゃんがそう言ったの? 私は私なりに懸命に……」
「違います。姫は、ひと言も美里さんを責めるようなことは言ってません。たぶん、気付いてないんでしょう。これは、すべて俺の判断です。でも、姫から聞いた美里さんのトークは、あの状況では、明らかに火に油を注ぐようなトークです。ふだんの美里さんなら、あんなミス、犯しませんよね?」
「そんな……」
そこで、美里さんは黙り込んでしまった。
すると。
「……俺のせいですか?」
「え?」
「俺が、クロサワには関わるのをやめるって言ったからですか? それで、俺を困らせるために、姫の接客をわざとダメにしたんですか?」
「そんな。それは関係ないわ!」

クロサワ?
クロサワって、誰?
会社にはそういう名前の人はいない。
じゃぁ、お客様?
でも、お客様を呼び捨てにはしないはず。
だったら、クロサワって、いったい誰だろう?
それとも、人じゃなくて、会社とか、商品とかの名前?
クロサワ、クロサワ……。
うーん、やっぱり思い当たるものはない。
そのとき。

「長堀さーん! もう始まりますよー! お願いしまーす!」
邸宅の方から、パーティーフロア担当の子が、美里さんを呼んだ。
どうやら、これから美里さん担当のお客様の披露宴が始まるところらしい。
美里さんは「はーい、今行きまーす!」と返事をすると、宮部の顔を気まずそうに見て、軽く会釈し、行ってしまった。
宮部はそれを見送る。
向こうを向いてしまったから表情は見えないけれど、今は、その顔を見るのが、なんとなく怖い。
あんな不機嫌な宮部、初めて見た……。
美里さんと宮部の間には、なにか、秘密の関係がある。
クロサワ、という、私の知らない誰か(もしくはなにか)を介して。

私は、宮部がこちらに戻ってくる前に、身を翻した。
急いでオフィスに戻る。
オフィスに入っていくと、席にいるのは、佐藤マネージャーだけだった。
しかし、そのマネージャーも、私と入れ替わりに出ていってしまう。
ひとりきりになったオフィスで、自席に着き、パソコンを立ち上げて、源様に関する資料を呼び出した。
お客様カードに記載していただいた情報はすべて入力済みだから、優華さんの携帯番号もパソコンから見ることができる。
するとそこに、宮部が戻ってきた。

うぅ……、ドキドキする。
でも、変に思われないように、いつもどおりにしないと!
いかにも、ずーっと仕事してましたって風を装ってマウスをいじっていると、宮部はまっすぐ私の元に歩いてきた。

「姫、さっきはゴメン。佐藤マネージャーには話してくれた?」
「あぁ、うん。一応了承得たけど、宮部、源様のお宅に行くこと、佐藤マネージャーに話してなかったでしょ? もう二度とそんなことはしちゃダメだって、叱られちゃったよ」
苦笑い、うまくできてるかな……?
「あぁ、悪い悪い。でも、終わり良ければすべて良しって言うじゃん」
宮部は、いつもの調子で、軽く笑う。
それに合わせて、私も軽く怒るフリ。
「もう、そんなこと言って! だいたい、まだ終わってないんだからね! 優華さんを説得するっていう大きな仕事が残ってるんだし」
「あぁ、確かにな。それができて、やっとスタート地点に戻ったってことだもんな」

宮部が真面目な顔で、隣のイスに座ったのを機に、本格的に気持ちを仕事モードに切り替える。
「まず、優華さんに電話して、なんて言って呼び出せばいいかな? お父様に会ったこと、話した方がいい?」
「んー、できれば詳しい話は、こちらに来ていただいてから、したいとこだよな」
「そうだよね。じゃぁ、とりあえず、話があるから来てほしいって感じで呼び出せばいい?」
「あぁ、そうだな」
「わかった。じゃぁ、さっそくかけてみる」

小さく深呼吸して、自席の電話の受話器を取り上げ、優華さんの携帯を呼び出す。
呼び出し音が鳴ると、すぐに応答があった。
「はい。源です」