6.父の想い ― 6

八王子駅からは、JR中央線で吉祥寺駅へ。
座ったとたん、宮部はコクリコクリ居眠りを始めた。
昨夜、帰ったの遅かったし、睡眠不足なのかも。
それなのに、私に付き合って、いろいろ助けてくれて、ありがとね。
倒れてくるままに肩を貸し、そんなことがなんだか幸せだったりして……。
電車は30分ほどで吉祥寺駅に着き、宮部を起こして、会社に向かった。

「お疲れ様でーす」
宮部は大きな声であいさつしながら、オフィスに入っていく。
そのあとから、私も入っていくと、目が合った佐奈に驚かれた。
「あれ? 今日、休みじゃなかった?」
「うん、そうだったんだけど……」
「あ、佐藤マネージャー!」
宮部が、ちょうどオフィスに戻ってきた佐藤マネージャーをつかまえたので、佐奈に目で「あとで」と告げ、マネージャー席に向かう。

「お疲れさん。さっきの電話だと、いい知らせがあるって?」
佐藤マネージャーに訊かれた宮部は、にこやかに報告する。
「はい! 姫のお客様が、戻ってきそうなんです」
「ほぅ、それは、昨日の?」
「ええ。あっ、まりあさん、あとでちょっといいですか?」
話の途中で、宮部はオフィスを出て行こうとしているまりあさんを呼び止めた。
「あー、ごめん、私、これから接客カウンター入るんだけど、急ぎ?」
まりあさんは忙しそうに時計を見る。
すると宮部は「姫、ゴメン、あと報告しといて」と囁き、まりあさんの元へ行ってしまった。

「なんだ、あいつは。忙しいヤツだな。で、葛西さん、昨日のお客様がどうしたって?」
佐藤マネージャーに訊かれ、今日のことを話す。
「はい、宮部からお聞きかと思いますけど、今朝、源様のお宅に行って、お父様にお詫びしてきたんです。そうしたら……」
「えっ? ちょっと待って。お客様のお宅に行ってきたの?」
佐藤マネージャーに驚いた様子で話を遮られ、私も驚いた。
「はい。あれ? 昨日、宮部から聞いてませんか? 佐藤マネージャーには許可を取ったって聞いてるんですけど……」
「いや、聞いてないよ。というか、お客様のお宅に行くなんて、そんなこと、前代未聞だぞ?」
「えっ……」

宮部、昨夜、佐藤マネージャーに話はつけてあるって言ってたよね?
でも、目の前の佐藤マネージャーは、なにも知らなかった様子。
お互いにビックリした顔で見つめ合うと、佐藤マネージャーは、苦々しそうに顔をゆがめた。
「ったく、あいつめ。あとでじっくり話を聞かなきゃならんな。まぁ、いい。とにかく葛西さん、宮部がなんと言ったか知らんが、お客様には、ここに来ていただいて接客すること。今後、お宅を訪問することなど、二度とないように!」
「はい! 申し訳ありませんでした」
深く頭を下げると、佐藤マネージャーは手をヒラヒラ振った。
「まぁ、いい。で、お詫びに行って、それがうまくいったというわけかい?」
「はい。条件付きではあるんですが、お父様が出された条件を花嫁様が飲んでくだされば、破談は撤回できそうなんです」
「その条件っていうのは?」
そこで、お父様の出された条件について説明すると、佐藤マネージャーはウンウンとうなずきながら聞いてくれた。
「ふぅむ、そうか。じゃぁ、誠心誠意、お客様第一でやりなさい」
「はい。ありがとうございます。頑張ります!」
ぺこりと頭を下げ、マネージャー席から下がる。

あー、ビックリしたぁ。
宮部、マネージャーに話してなかったんじゃない!
もう、しょうがないヤツ!
なんとか、マネージャーの承諾は得られたけど、宮部、どこに行っちゃったんだろ?
さっき、まりあさんを追ってったけど……。
まりあさん、接客カウンターに入るって言ってたから、一緒にそっちにいるのかな?
そう思い、接客カウンターを覗いてみる。でも。
いない……。
まりあさんは接客中だけど、宮部の姿は、ない。
おかしいな、ホントにどこ行っちゃったんだろう?
今後の方針を相談したいのに……。

そのまま、オフィスには戻らず、館内を歩き回って、宮部を探してみる。
フローリスト、写真スタジオ、ヘアメイクのオフィスを探してみるけど、いない。
「じゃぁ、こっちかなぁ?」
邸宅の方へ向かってみると……、いた!
いたけど、宮部はひとりではなかった。
美里さんと立ち話している。
だけど、なんか険悪な雰囲気……。
宮部が美里さんに詰め寄ってる?
私は思わず、ふたりの会話が聞こえる物陰に身を潜めた。