5.接客トラブル発生 ― 7

「あれ? 宮部君、どうしたの? 今日はまだお休みの予定だったでしょ?」
美里さんが、嬉しそうに声をかけた。
そう、宮部だ。
ラフな格好で、でも、なんだかたくさんの荷物を抱えて入ってくる。
「ええ、そうなんですけど、皆さんから香典をいただいたんで、祖母が持ってけってうるさいもんですから」
上に掲げた宮部の手には、香典返しと思われる手提げ袋がいくつもぶら下がっている。
「あぁ、香典返し? 人数分持ってきたの?」
「はい。明日の朝持ってくるより、今日持ってきちゃった方がラクだと思ったんで」
「そう、お疲れ様」
美里さんは宮部に近づき「半分持ってあげる」と手提げを受け取る。
そのとき、宮部と目が合った。
その瞬間。

「姫? どうした?」
宮部が目を見開いて驚いている。
それもそのはず。
宮部の顔を見た瞬間、私は泣き出していた。
涙があふれて止まらない。
「あの、マネージャー、すみません、ちょっと失礼します」
涙声で佐藤マネージャーに断り、口元を押さえてトイレに向かう。
「姫!?」
宮部が追いかけてこようとしているのが、気配でわかる。
でも、同時に、美里さんの声も聞こえてきた。
「宮部君、待って。今はひとりにしてあげて」

ふたりに構わず、トイレに駆け込み、個室にこもった。
あぁ、情けない、会社で泣くなんて。
でも、宮部の顔を見たら、それまで我慢していたものがこみあげてきて、あふれてしまった。
宮部……。
今日のことを話したら、宮部はなんて言うかな?
宮部のことだから、きっと、私を責めることはないだろう。
でも、宮部に慰められたりしたら、ますます自分が許せなくなりそうな気もする。
ねぇ、宮部、私、どうやったら良かったんだろう?
教えてほしいよ……。

するとそのとき。
――コンコン。
「姫ちゃん?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、美里さんの声だ。
涙をふいて返事する。
「はい、今出ます」
「ううん、いいの。そのまま聞いて?」
「はい……」
「宮部君には、私から事情を話しておくから。あと、佐藤マネージャーに、今日はもう帰っていいって許可もらったから、気持ちが落ち着いたら更衣室で着替えて、そのまま帰っていいよ。今日はゆっくり休んでね」
「はい……」
「あんまり思いつめないでね。じゃあね」
「はい、ありがとうございます……」

美里さんの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、複雑な思いが胸を駆ける。
『宮部君には、私から事情を話しておく』か……。
自分で話したかったな。
でも、今、どんな顔して宮部に会ったらいいのかわからないのも、事実。
会わずに済んで、ほっとしている部分も、あるにはある。
だけど。
さっき美里さん、宮部の顔を見た瞬間、嬉しそうだったな。
やっぱり美里さん、宮部のこと……。
あー、もう、ヤダヤダッ!
なにもかも、ぜーんぶ、ヤだぁーーーーー!

気持ちは全然落ち着かなかったけれど、いつまでもトイレにこもっているわけにもいかない。
大きく深呼吸すると、私はトイレを出て、更衣室に向かった。


「ただいまー」
誰もいない部屋に向かって声をかける。
あー、疲れたぁ。
ドサッとバッグを床に下ろし、倒れるようにベッドにダイブ。
着替えるの、めんどうだな……。
ゴロンと仰向けになって天井を見つめると、いろんな思いが渦巻いて、頭の中をぐるぐる回る。
――ハァーーー。
あ、そういえば、誰かが言ってたな、ため息の数だけ幸せって逃げるんだっけ。
そうは言ってもなぁ。 そこでもうひとつ、ため息が出た。
そのとき。

――♪♪♪♪。
スマホの着信音が静かな部屋に響く。
だれだろう?
床に落としたバッグから、のろのろと取り出すと。
液晶に出ていたのは、宮部の名前。
……えっ、宮部? なんだろ?
「もしもし?」
おそるおそる電話に出ると、怒ったような声が聞こえてきた。
「姫、今どこ?」
「え? 家、だけど……」
「先に帰っちゃうなんて、ひどいんじゃないの?」
「えっ?」
「せっかく姫に会いに、会社行ったのにさ」
「でも……」
会社に来たのは、香典返しを配るためだったんじゃないの?
「まぁいいや。で、もう夕飯は食べた?」
「ううん、まだだけど……」
っていうか、食欲ないから、今日は食べなくていいや、って思ってたんだけど。
「なら、ちょうどよかった。牛丼買ってきたから一緒に食おうぜ」
「はい?」
牛丼? 一緒にって?
すると。

――ピンポーン!
「ほら、開けて」
「え?」
うちのオートロックのインターホンが鳴って、スマホの宮部は『開けろ』って言ってる。
……これって、まさか?
慌ててインターホンに出ると、そこに映っていたのは案の定。
「宮部!?」
「はい、宮部です。だから、開けて」
「えぇっ!? ウソッ!」
「ウソじゃないから、ほら早く開けて!」
「あ、う、うん……」
オートロックを解除すると、ほどなく宮部は部屋にやってきた。