5.接客トラブル発生 ― 6

美里さんにうながされ、私たちもオフィスに戻る。
「姫ちゃん、ごめんね、力になれなくて」
席に戻る途中、美里さんが声をかけてきた。
「いえ、わざわざ来ていただいて、ありがとうございました」
力なく礼を述べる私に、美里さんは、重い空気を変えようとするかのように明るい笑顔を見せる。
「今回は残念だったけど、ご両家の問題だからね。しかたないよ!」
しかたない、か……。
そうなのかもしれないけど、そう簡単には割り切れない。
だって、せっかく昨日、源様に頼っていただいたのに……。
私がもっと力のあるブライダルプランナーなら、なんとかできたんじゃないか、そう思えてしかたない。
私が、ご両家それぞれのご希望をかなえつつ、最良のプランを提示できていれば……。
それなのに、契約はキャンセル、そのうえ、婚約まで破棄だなんて。
わざわざ昨日、ここまで足を運んでくださった源様の期待を、思い切り裏切ってしまった……。

「そうそう、姫ちゃん。一応、マネージャーに報告書書いておいてくれる?」
「はい」
「あーもう、そんな暗い顔しないの! お客様はまた次々にいらっしゃるんだから、気持ち切り替えて、ね?」
美里さんが私を励まそうとしてくれてるのはわかったけれど、今は、微笑む気力もない。
「そうだ! まだちょっと早いけど、お昼休憩行ってきなよ。おいしいもの食べて、気分転換してきて。報告書はそのあとでいいから」
「わかりました」
まだ空腹は感じていなかったけれど、私は美里さんに一礼し、力ない足取りでランチに向かった。

機械的にパスタをのどに流し込んで戻ると、皆それぞれに出払っていて、オフィスは閑散としていた。
ひとり、重い気分でパソコンを立ち上げ、報告書を書き始める。

もし、宮部がいてくれたら、こんな最悪な結果にはならなかったかもしれない。
私ひとりで進めたのが間違いの元だったのかも。
いや、違うかな? 美里さんが入ってくれてもダメだったんだから、宮部がいたところで、状況は同じだったのかな?
ううん、やっぱりそうじゃない。
私の最初の対応が悪かったから、お父様を怒らせて、話をこじれさせちゃったんだよね、きっと。
最初から、担当が私じゃなければ、うまく行ってたかもしれないのに……。

考えれば考えるほど、源様に対して、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
沈みがちな気持ちでキーボードをたたいているから、報告書は一向に進まない。
やがて、周りがざわついてきたのに気付いて顔を上げると、いつのまにか時刻は3時過ぎ。
ふとマネージャー席を見ると、ちょうど佐藤マネージャーが席に着くところだった。
本社から戻ってらしたんだ……。
慌てて報告書の空欄を入力し終え、プリントアウトして、佐藤マネージャーのもとに向かった。

「あの、佐藤マネージャー」
「うん?」
手元の書類から顔を上げた佐藤マネージャーに、報告書を差し出す。
「実は今日、契約いただいていた一之瀬様・源様とご両家の方が打ち合わせにいらしたんですが、源様のお父様を怒らせてしまい、契約がキャンセルになってしまいました」
「……ほう。どれどれ」
佐藤マネージャーは、メガネの位置を直し、報告書に目を走らせだした。
そこに、美里さんがやってきて、私の隣に並んで立つ。
そして、マネージャーが読み終えるのを待って、口を開いた。
「本件、葛西さんに『上司を呼べ』とお客様に言われた、と応援を頼まれ、私も加勢したのですが、力及ばず、申し訳ありませんでした」
「いや、そうか、残念だったな。私がいればよかったんだろうが……、まぁ、今さらそれを言っても始まらないか。今回は、教育係の宮部君も不幸でいなかったし、いろいろ不運が重なってしまったな」
美里さんは、佐藤マネージャーの言葉にうなずき、付け足す。
「それに、こちらのご両家の親御さんたちは、披露宴に対する意見が、もともと食い違っていたんです。そこは、ご両家の問題ですから、私たちがあまり深く介入するわけにもいきませんし。でも逆に考えれば、こういうご両家の場合、のちのちトラブルになることも多いですから、そうなるよりは、最初の段階でキャンセルになって良かったかもしれません」
「ふむ……」
「葛西さんにとっては、プランナーになって初めてのお客様だったので、ショックも大きかったと思いますけれど、ご本人たちでなく親御さんたちがああいう状態ですと、誰が担当しても、難しいケースだったんじゃないかと思いますし」
「そうか……。で、葛西さんはどう思った?」

名指しされ、美里さんから私に視線を移してきた佐藤マネージャーを見つめ返す。
叱られる覚悟をしていたけれど、特に怒ってる様子も見えないし、口調もいつも通り穏やかなままだ。
そこで、勇気を出して、胸の内をさらけ出してみることにした。
「私、自分がふがいなくて、悔しいです」
「ふむ、ふがいないか」
「はい。実は昨日、源様がひとりでいらして、お父様のことを相談されたんです。お父様が口出ししてくると思うけど、それを阻止するよう協力してほしいと頼まれました」
「ほう……」
「私、源様のお力になりたくて、協力するとお約束したんですが、実際にはなにもできなくて、そればかりか、婚約まで破棄されることになってしまって、本当に申し訳なくて……」
「うん」
佐藤マネージャーは、黙って私の話を聞いてくれる。
お客様を怒らせ、契約がキャンセルになったのだから、叱られても当然なのに。
ホッとする気持ちももちろんあるけれど、その一方で、なにも言われないことが、かえって苦しくも感じる。
こういうときは、思い切り叱り飛ばされたほうが、気が楽になるのかも。
と、そんなことを考えていたとき。

「お疲れ様でーす」
明るい声がオフィスの入り口で響いた。
え? この声って……。