5.接客トラブル発生 ― 5

しかし、お父様が睨みつけても、美里さんは、眉一つ動かさない。
「源様、もちろん、いろいろな考え方があると思いますが、私どもでは、結婚式は新郎新婦が永遠の愛を誓う儀式、一方、披露宴は、新郎新婦が伴侶をゲストに紹介するパーティー、と考えています。ですから、結婚式と披露宴とではおのずと主役は異なってくる、と、いつもお客様にお話させていただいております」
毅然とした美里さんの態度と言葉に、お父様は、さっきよりほんの少し、目つきをやわらげた。
「ふうむ、結婚式と披露宴とでは、主役が違う、か。じゃぁまぁ、そこは譲るとして……、披露宴の料理についてだ! 長堀さんよ、料理の中身なんかは、ゲストはそう覚えちゃいねーだろ? 俺だって、今までいろんな結婚式に出てきたけど、なに食ったかなんて、まったく覚えてねーしな」
「それにつきましては……」
美里さんは流れるような動作で私の方を向き、私の手から接客用ファイルを抜き取った。
「こちらをご覧ください。これは、あるリサーチ会社のアンケートですが『列席して良かったと思う披露宴の特徴』を尋ねたところ、最も多い回答が『おいしい料理』で、62%の方がそう答えていらっしゃいます」
それを聞いた一之瀬様のお母様が、「ほらね」と言わんばかりに微笑む。
そのあと、顔をそらしてしまったけど、きっと、してやったりっていう表情なんだろうな。
一方、源様のお父様は、苦虫をつぶしたような表情。
「んむむっ……」

あぁ、なんか、またまたイヤな予感……。
美里さんは、ファイルをめくり、さらに別のアンケートを紹介して、いかにおいしい料理が、披露宴においてゲストに大きな印象を与えるかを説いている。
まえにランチを一緒にしたときにも、お料理をグレードアップさせる接客方法について教えてくれたけど、このへんは美里さんの得意分野らしく、説明はまさに立て板に水。
でも、お父様は……、全然聞いてない。
それどころか、どんどん顔が不機嫌になっていってるんじゃない?
一番奥に座っている源様のお母様も、そのことに気づいているようで、ヒヤヒヤしている様子。
こうして立っていると、みんなの顔がよく見える。
でも、美里さんは気付いていないのか、よどみなく説明を続けるばかり。
あぁ、美里さん、ちょっと、その説明はいったんやめた方が……。
そう言いたいけれど、ベテランの先輩に対して、そんなこと言えないし。
あぁ、どうしよう、このままだとまた……。
そんふうに気をもんでいたら、案の定。

「ええいっ、もういいっ!」
いきなり、お父様が大声で怒鳴り、立ち上がった。
「…………」
美里さんはビックリした顔で、お父様を見上げている。
「もうこの結婚は、なしだ! 取り消しだ! 奥さん、この話はなかったことにしてもらう。俺は帰る!」
そう言うが、席を立ち、本当に出口に向かってしまった。
「えっ、ちょっと、お父さん!」
源様が立ち上がってあとを追おうとすると。
「来るな! もう金輪際、話は聞かん!」
捨て台詞を残して、出て行ってしまった。
全員が呆然と見送る中、動いたのは一之瀬様だった。
「お父さん、待ってください!」
走ってお父様のあとを追っていく。
その姿も見えなくなったところで、源様が、わっと泣き崩れた。
「もうダメだわ……」
「源様……」
どうすることもできずに立ち尽くしていると、奥にいたお母様が源様の背中をさすった。
「大丈夫。お父さん、今日はちょっと機嫌が悪かっただけよ。一之瀬君が行ってくれたし、きっと大丈夫だから、ね?」
しかし、ほどなく戻ってきた一之瀬様は、がっくりと肩を落としていた。
「追いかけたんだけど、タクシーに乗って帰られてしまって」
「…………」

一同、なにも言えずにいると、一之瀬様のお母様が立ち上がった。
「仕方ありませんわね」
どういう意味だろうと、全員がお母様を見る。
するとお母様は、源様と源様のお母様を見た。
「先程のお父様のお言葉、婚約破棄と受け取らせていただきました。それでよろしいですわね?」
「あの、それは……」
源様のお母様が言いよどむと、一之瀬様があいだに入った。
「待ってよ、かあさん! 優華のお父さんには、俺がもう一度頼むから」
するとお母様は、一之瀬様と向き合った。
「裕司、あなたが誰を結婚相手に選ぼうと、私は反対しません。でも、お相手の親御さんが許さない結婚は、私も許しません」
「それは、だから、もう一度……」
「今、この結婚はなしだ、と言われたんですよ。あなたも聞いていたでしょう?」
ぴしゃりと言われ、一之瀬様は、グッと唇をかみしめた。
お母様は最後に、美里さんと私を等分に見て、言った。
「ということですので、こちらでの契約は、いったん破棄してください」
「え、あの……」
「結婚自体が白紙に戻ってしまいましたので、あしからず」
そして、また源様のお母様を見る。
「もしまた、ご縁がありましたら。本日のところは、お先に失礼します」
会釈したお母様に、源様のお母様も立ち上がって「このたびは大変失礼いたしました」と深くお辞儀を返す。
そのあと、一之瀬様のお母様は、もう振り返ることなく去っていった。

「優華、俺がお父さんをもう一度説得するから」
一之瀬様が、源様を慰めている。でも、源様は首を振るばかり。
「ダメよ。お父さん、ものすごく頑固なんだもん。もうダメよ……」
「優華……」
泣くばかりの優華さんの代わりに、お母様が口を開いた。
「一之瀬君、ごめんなさいね。今は、お父さんもかたくなになってると思うから、私からお父さんに話してみるから。少し時間をかけないとダメだと思うの」
「お母さん、僕がふがいないばかりに、すみません」
「ううん、あんたのせいじゃないわ。お父さんも、あなたのことは、いい青年だって褒めてたのよ。だから、きっと大丈夫だから。でも、お父さんを刺激しないように、しばらくは優華と会わないでおいてくれる? いい頃合いになったら、優華から連絡させるから」
「わかりました……」
歯痒そうにうなだれる一之瀬様も、涙にくれる源様も、痛々しくて見ていられない。
すると、源様のお母様は、美里さんと私の方を向いた。
「長堀さん、葛西さん、本当に申し訳ありませんでした。もしまた、うまく行くようでしたら、優華から連絡させますので、いったん、契約は無効にしておいてくださいますか?」
私たちにも謝って下さるお母様を、美里さんが慌てて制する。
「どうぞ頭を上げてください。私たちの方こそ、お役に立てず、誠に申し訳ありませんでした」
美里さんと並んで深く頭を下げる。
その後、お母様と一之瀬様は、あいだに優華さんをはさみ、ふたりで抱きかかえるようにして帰っていった。