5.接客トラブル発生 ― 4

「奥さんよぉ、俺はあんたに『お父様』なんて呼ばれる筋合いはねーんだよ」
どすの利いた声に、その場が凍りつく。
「それに、うちは金がないわけじゃねぇ。大事な一人娘の結婚だ、いくらつぎ込んだって構いやしねぇんだよ。ただな、披露宴の飯なんて、そんなもん、だれもいちいち覚えてねーだろうが。だったら、そんなとこに金かけねぇで、その分、優華の衣装を豪華にしてぇって、それだけなんだよ。それが道理ってもんだろう?」

ひぃぃ、怖いよぉ……。
ひるんで声を出せずにいると、一之瀬様のお母様は「おほほほ」と笑い声をあげた。
「あら、これは失礼、源さん。大事なお嬢様を着飾らせたい親心、よーくわかりましたわ。でもね、ご主人。披露宴というのは、そもそも、結婚するふたりをゲストの皆様に披露する場でございましょ? つまり、ゲストが主役の場なんですのよ。でしたら、最高のおもてなしをしなければ、ホストである我々が笑われますわ。これだけは譲れません!」
最後はキリリとした表情で言い切った一之瀬様のお母様は、本当にそこだけは譲りそうにない様子。
でも。
「ゲストが主役だぁ? ふざけんな! 結婚式は花嫁が主役に決まってんだろうが! おい、ねーちゃん、そうだよなぁ?」
ギロリとにらまれて話を振られ、私はすくみあがってしまった。
ええええっ、なんて答えれば……。
泳がせた視線が、源様とぶつかる。
源様は、顔をしかめ、小さく首を振っている。
そうだった! 昨日源様は、わざわざここまで来られて、私に協力してほしいって頼んでこられたんだ。
約束したんだから、ここは頑張らないと!
ゴクンと唾を飲み込み、口を開く。
「いえ、結婚式は源様のおっしゃるように結婚するおふたりが主役ですけれど、披露宴の方は一之瀬様がおっしゃったようにゲストの方々をもてなすもので……」
「あぁ?」
言葉の途中で大きな声で遮られ、反射的に首をすくめる。
ヒャー、やっぱり怖いよぉ……。
「なんだと? ちっ、ねーちゃんじゃ話にならねーや! もういい、上司連れてこい!」
「え、あの……」
「聞こえなかったか? 上司連れてこいっつってんだよ!」
「ちょっと、お父さん!」
源様と源様のお母様が、左右からたしなめて下さるけれど、お父様の勢いは止まらない。
「うるせぇっ! ほらっ、早く上司連れてこいっ!」
「わ、わかりましたっ」

慌てて席をはずし、オフィスに戻る。
佐藤マネージャーに相談しようと席を見るけれど、姿がない。
ちょうどそこに、佐奈が通りかかった。
「あ、佐奈、佐藤マネージャーは?」
「あぁ、さっき、本社で会議があるとかで出かけたよ」
あぁ、そうだった。昨日、資料作りを手伝ったんだっけ。
「じゃぁ、まりあさんは?」
「今から担当のお客様が結婚式で、今は花嫁さんの控室。私も行くとこだけど、まりあさんに用事?」
「あ、いや……」
これから結婚式じゃ頼めないよ、どうしよう……。
すると。
「あれ? 姫ちゃん、接客中なんじゃないの? さっきお客様の大きな声が聞こえたけど、大丈夫?」
背後から声をかけてきてくれたのは、美里さんだ。
それを見て、佐奈が肩をたたく。
「姫、ごめん、私、急ぐから行くね」
「あ、うん。引き止めてごめんね、ありがと」
佐奈を見送り、美里さんに向き直った。
「美里さん、実は……」

一部始終をおおまかに話すと、美里さんは難しい顔をしつつも、立ち上がった。
「わかった、すぐにお客様のところに行きましょう」

接客テーブルに戻ると、誰もがかたく口を閉ざし、まるでお通夜のよう。
お父様は厳しい表情で腕を組み、一之瀬様のお母様は素知らぬ顔、ほかの人たちは一様に困ったような表情だ。

「大変お待たせしました。葛西の上司のチーフの長堀です。ただいま、マネージャーの佐藤が外出しておりますので、私が代わりにお話をうかがいます」
厳密には、美里さんがチーフになるのは8月から。
だけど、あれこれ言い訳するのも面倒だから、きっと『チーフ』って言ったんだろう。
それに、今、お客様の前に立っている美里さんは、ベテランのブライダルプランナーらしく、佇まいもピシッとしていて、お父様もその言葉を疑う様子はない。
「本日のいきさつは葛西から聞きました。お気を悪くさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。心からお詫びたします」
深く頭を下げる美里さんの後ろで、私も頭を下げる。
すると、それを見たお父様は、ひらひらと軽く手を振った。
「まぁいい。長堀さんよ、ちょっとここに座ってくれや」
さすが美里さん。お父様も、私に対するときとは、扱いが違う。
ねーちゃん呼ばわりしてないし。
あーぁ、私と美里さん、たった3歳しか違わないのに、この差はなんなの?
ちょっと、へこむなぁ……。

そんな、私の心情とは裏腹に、美里さんはスマートな身のこなしで「失礼いたします」と、椅子に腰かけた。
私はその後ろに立ったまま控える。
「さてと。そっちのねーちゃんになにを聞いたか知らねーが、長堀さんよ、教えてくれ。結婚式っつーのは、花嫁のためにやるもんだよなぁ?」
お父様は、さっきと同じ質問を美里さんに投げかけた。
美里さんは、お父様をまっすぐに見て答える。
「そうですね……、私どもでは、結婚式は、ご結婚される新郎新婦のために、披露宴は、お越しくださったゲストのためにある、と考えております。その点は、葛西が申し上げたとおりで間違いございません」
よかった、間違ってなかった。
美里さんが、私が言ったのと同じように言ってくれて、ホッとしたのもつかの間。
「なんだとぉ?」
一気に、お父様の顔が険しくなる。
うわぁ、まただ、どうしよう!?