5.接客トラブル発生 ― 1

席に戻ると同時に、電話が鳴りだした。
すぐに受話器を取り、営業用の声で応対する。
「はい、ウェヌスハウス吉祥寺でございます」
「あの、源と申しますが、葛西さん、いらっしゃいますか?」
相手が源様とわかり、声をいくぶん普段モードに切り替えた。
「あぁ、源様! 私です、葛西です。どうかされましたか?」
源様との約束は、明日のはず。
時間変更でもあるのかと思っていると。
「実は、ちょっとご相談があって……。ほんの10分くらいでいいんですけど、今夜、伺ってもいいですか?」
「はい、もちろんです! 何時頃、いらっしゃいますか?」
「じゃぁ、6時半に」
「かしこまりました。お待ちしております!」

電話を切ってから、ふと考える。
相談って……、なんだろう?
わざわざいらっしゃるってことは、電話では済ませられないことなんだよね?
でも、10分でできる相談って……?
うーん……。
腕を組んで首をかしげていると、美里さんが席に戻ってきたのが見えた。
あ、そうだ! さっき預かったの、渡さなきゃ!
ヘアメイクアシスタントの子から預かった香典袋を持ち、美里さんの席に向かう。
さっき聞いた昨夜のことは……、今は考えない、考えない。

「あの、美里さん」
「ん? なぁに?」
「これ、ヘアメイクさんたちで集めて下さったそうで、今夜、お通夜に一緒に持っていってほしいってことなんですけど」
「あぁ、わかった! じゃ、預かるね」
「はい、よろしくお願いいします」

にこやかに受取ってくれた美里さんを見て、また思う。
やっぱり美里さん、なんだかウキウキしてる感じ。
宮部に会いに行けるのが嬉しいのかな?
あーぁ、やっぱりちょっと面白くない。
私もお通夜に行こうかなぁ?
でも、宮部とはまだ、ちゃんと付き合ってるのかどうかもよくわからない状態だし、宮部のお祖父様にお会いしたこともないし、私が行く大義名分って、ないか……。
うぅ、気が滅入る。
心もち肩を落として自分の席に戻ると、佐藤マネージャーに呼ばれた。

「葛西さん、ちょっといい?」
「はい!」
マネージャー席に行くと。
「今日は葛西さん、来客予定はなかったよね?」
「はい。あ、でもさっき、源様から電話があって、今夜6時半にいらっしゃると」
「あ、そうなの? それは、宮部君がいなくても大丈夫?」
「はい、内容は聞いてみないとわからないんですが、10分ほどで済むようなことをおっしゃっていたので、たいしたことではないんじゃないかと」
「そう。でも、もしなにかあれば、すぐ言ってね」
「はい」
「で、それまでは、今日は予定ない?」
「はい」
「じゃ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
そう言い、佐藤マネージャーは、ダブルクリップでまとめた書類の束を差し出してきた。
「これ、明日、本社の会議で使う資料なんだけど、赤字のところをパソコンで直してもらえないかな?」
あぁ、佐藤マネージャー、パソコンが苦手だもんね。
これまでにも入力の手伝いをしたことは何度もあったから、こういう仕事は慣れている。
「はい、わかりました」
「いつも悪いね。元データは、メールで送るから」
「はい。でもこれ、けっこうな量ありますね」
パラパラめくると、20枚くらいありそうな資料のあちこちに、びっしりと赤字が書きこまれている。
「うん。今日中にやってもらえればいいんだけど、間に合いそうにないかな?」
「いえ、夕方までお時間いただけるんでしたら、できると思います」
「そう、じゃ、よろしくね」
「はい!」

元気に返事をして席に戻る。
もう一度、資料をめくって中身を見直し、唇をギュッと引き結んだ。
うーん、これはちょっと真剣に取り組まないと、かなり時間がかかりそう。
よしっ、気合入れてやりますか!
腕まくりして、パソコンのメールソフトを開く。
来た来た、これね。
佐藤マネージャーから届いたメールの添付ファイルをダウンロードし、私はさっそく修正に取りかかった。