4.あいまいな関係 ― 8


「葛西さぁん!」
後ろから声をかけられ、立ち止まった。
振り向くと、この間、宮部をランチに誘いにきたヘアメイクのアシスタントの子だ。
なんだろうと思っていると、香典袋を差し出してくる。
「あのぉ、これ、うちらで集めて持ってきたんですけどぉ」
「あぁ、宮部のお祖父さんの?」
「はい。うちのチーフがぁ、もし、プランナーのオフィスでどなたかお通夜か葬儀に出られるなら、一緒に持っていってもらえないかって」
「あぁ、それなら、美里さんがお通夜に出られるみたいだけど……」
そう言って、オフィスの中を見回す。
でも、美里さんの姿が見当たらなくてキョロキョロしていると、その子がつぶやくのが聞こえた。
「美里さんかぁ……、そっか、やっぱりそうなんだぁ……」
「ん? 美里さんがどうかした?」
不思議に思って訊いてみると、とたんに秘密めいた微笑みを見せ、あたりを窺って声をひそめる。
「実はゆうべぇ、うちら、12時過ぎまで吉祥寺で飲んでたんですよぉ。で、帰るときに、美里さんを駅の近くで見かけたんです。そしたらそこに宮部さんがやってきて、一緒にどっか行っちゃったんですよねぇ。だから、あのふたり、付き合ってるんじゃないかってウワサしてたんですよぉ」
「えっ、12時過ぎに、宮部と美里さんが?」
「そうなんですよぉ。遠目に見かけただけだったんですけど、そんな遅い時間にふたりで会ってるって、絶対怪しいですよねぇ?」

頭が混乱する。
12時過ぎってことは、うちから帰ったあとだ。
じゃぁ、あのあと宮部が駆けつけたのは、お祖父さんのところじゃなくて、美里さんのところだったってこと?
なんで、そんな夜中に美里さんと?
わけがわからない。

「前から、おかしいなぁと思うことはあったんですよねぇ」
「え? おかしい?」
「はい。宮部さん、誰とでも仲いいですけど、美里さんに対しては、なんかよそよそしいなぁって思っててぇ。でも逆に美里さんが宮部さんを見る目つきとかは、なんか好きっぽいなぁって感じでぇ……」
「えぇっ、そう?」
「はい。っていうか、葛西さんの方が同じオフィスなんだし、そういうの感じてなかったですかぁ?」
「えー、どう、かな……?」
「あっ、もう行かないと! じゃぁこれ、美里さんに渡しといてもらえます?」
「あぁ、うん、わかった」
「じゃ、失礼しまーす!」

去っていくアシスタントの子を見送りつつ、呆然としてしまった。
……宮部と美里さんが?
全然気づかなかった。
私には、ふたりの関係は、普通の先輩後輩の関係にしか見えてなかったけど。
私って、鈍感なのかなぁ?
あ、でも、言われてみれば美里さん、さっき、お通夜に行くのが楽しみって感じに見えたんだよね。
ってことは、やっぱりそうなの?
でも、宮部の方は……?
いくら考えても、答えは出ない。
あー、イライラする!
ふたりの関係を怪しんでる自分と、そんなはずないって信じたい自分。
宮部を信じたい。
でも、付き合うって約束してないことが、また不安をあおる。
昨日のことは、私ひとりが突っ走った結果だったら?
でも、待って。
つい最近、由梨と宮部の仲を疑って、失敗したばかりだし。
やっぱり、宮部を信じていいんじゃないかな?
宮部と美里さんが会ってたのは、きっと、なにか仕事上のトラブルとかだよ。
うん、きっとそう!
……ただ、仕事上のトラブルで、そんな真夜中に呼び出されるなんて話、今まで聞いたことないけどね。
あー、ダメだ。
このことも含めて、宮部が出社してきたら、ちゃんと話をしよう。
今は、考えたって答えは出ないんだから、仕事に集中しよう!

私は頭を切り替えて、自分の席に向かった。