4.あいまいな関係 ― 7

「おはようございまーす」
翌朝、出社してすぐに、宮部の姿を探す。
んー、まだ来てないか……。
なんとなく気まずくて、いないことにほっとしつつもちょっぴりさみしくもあって、そんな微妙な気持ちを、自分でももてあましてると。

「姫、大変大変!」
佐奈が眉をひそめてささやきかけてきた。
「どうしたの?」
「宮部、不幸があって、今日と明日お休みだって」
「不幸?」
「うん、ほら」
佐奈がパソコンを指さすので見てみると、全社員向けの訃報メールの画面。
そこには、宮部のお祖父さんが亡くなったことと、葬儀の予定などが書かれてあった。

あっ、ひょっとして!
とっさに昨夜のことがよみがえる。
宮部、電話で「これから行く」って言ってたけど、もしかして、あれってこの連絡だったんじゃ……。
そっか、あんな夜遅くに急用ってなんだろうって思ってたけど、お祖父さんが危篤とかって連絡だったんなら、真夜中でも駆けつけるよね。

そんなふうにひとり納得していると、佐奈が心配そうに訊いてきた。
「姫、明日、来客予定って言ってなかった? 宮部がいなくても平気?」
「あぁ、うん。もしなにかあれば、マネージャーかまりあさんに相談するよ」
「そうだね。教育係の宮部がいなくても、なんとかなるか」
「うん」
そんなことを話してると。

「ねぇ、ふたりも協力してくれる?」
美里さんが声をかけてきた。
「はい?」
顔を上げると、封筒を見せてきた。
「有志で宮部君のお祖父さんの香典をお願いしてるんだけど」
「あぁ、はい、出します! いくらですか? っていうか、そういうことなら、私たちでやりますよ!」
こんなこと、先輩にさせられないと思って申し出ると。
「ううん、いいの。今夜のお通夜に、私が持っていくから」
「えっ、そうなんですか……?」

微笑む美里さんの顔を見て、一瞬固まる。
社員の家族が亡くなった場合、直属の上司が葬儀に出ることはあるけれど、宮部のお祖父さんのお通夜に、美里さんが出るのって……、ちょっと違和感。
ご両親やご兄弟が亡くなった場合に、佐藤マネージャーかチーフのまりあさんが出るっていうんなら、わかるんだけど。
でも、こういうことを問いただすのって、気が引けるよなぁ。
すると。
「ひとり、500円、お願いできる?」
美里さんに微笑みかけられ、あわてて財布を出す。
「あぁ、はい! あっ、細かいのがないや……」
「じゃぁ、私が姫に500円渡すから、千円だしてくれる?」
佐奈から500円を受け取り、財布から千円札を出した。
「佐奈、ありがと。じゃ、これで」
「はい、たしかに」
美里さんは軽い足取りで、ほかの社員の方へ行く。
……なんか、楽しそう。変なの。
そんなことを思っていると、財布をしまった佐奈と目が合った。
と、いきなり、佐奈に腕を引っ張られる。
「ええっ、なに?」

佐奈は黙ったまま私をオフィスの外に連れ出し、どこに行くのかと思っていると、ひと気のない非常階段わきまで来て、やっと立ち止まった。
「ところで姫、昨夜はあれからどうなったの?」
ニヤリとしながら声をひそめて訊いてくる佐奈の顔は、まるで、悪だくみしている時代劇の悪代官だ。
「えっ、えっとー……」
突然の質問にたじろいでると、佐奈は真剣な表情になって詰め寄ってきた。
「宮部、ちゃんと姫のこと家まで送ってったんでしょうね?」
「あぁ、うん、それはね。うん、送ってもらった」
「で?」
佐奈、真剣過ぎて、ちょっと怖いんですけど。
「いや、えっとー」
昨夜のことをありのまま話すのは、親友でも恥ずかしい。
でも、佐奈の勢いに負け、私はすべてを白状した。
すると、佐奈はやっと顔をほころばせた。
「そっか。よかったー! 宮部、やるときはやるじゃん!」
「いや、でも……、ちゃんと付き合おうって約束してなくて……」
昨日から心配で仕方ないことを言うと、佐奈はそれを一笑に付す。
「なーに言ってんの! そんなの、大人になってまで『好きです、付き合ってください』なんて告白するヤツなんていないって! だいたい、宮部はずっと姫ひとすじだったんだから、姫がオッケーなら、もう言葉なんてなにもいらないでしょ」
「えー、そういうもの?」
「そういうもんよ! あぁ、よかった! これで私も肩の荷が下りたわ!」
すがすがしい顔で喜ぶ佐奈は、さっさと話を切り上げてオフィスに戻って行く。
そのあとを歩きながら、私自身は、佐奈のように手放しでは喜べない思いにとらわれていた。

私が子どもっぽいのかなぁ?
でも、やっぱりちゃんと言葉で伝えあわないと、不安……。
宮部、今はお通夜や葬儀でそれどころじゃないだろうから、少し落ち着いて、出社してきたら、一度ちゃんと話をしたいな。
そんなふうに考えながら、オフィスのドアをくぐると。