4.あいまいな関係 ― 4

「じゃー、また明日ねー。宮部、姫のこと、ちゃんと送ってねー!」
「おう、またなー」
「佐奈ー、バイバーイ!」
駅の改札で、反対方向に帰る佐奈と別れ、私は宮部と一緒にホームに上がった。

夜10時過ぎの電車はそこそこ混んでいて、空いている座席はない。
「姫、吊革つかまったら?」
「んー、へーきだよー」
だけど、そう言ったとたん、カーブの遠心力でよろけてしまい、宮部に腰を支えられる。
「ほら、だから言ったのに」
「プッ、ククク……」
ダメな自分がおかしくて、吹き出してしまう。
「姫ー?」
あー、楽しい。
宮部は呆れて、眉を下げて苦笑いしてるけどね。
あ、発見! 宮部って、こういう笑い方したときの顔、かわいい!
でも昔、元カレに、『男にかわいいって言うのはタブー』って言われたから、口には出さないけどね。
でも、宮部って、ときどき、かわいいよね。
基本はかっこいいんだけど、笑い方によってかわいく見える。
かっこよかったり、かわいかったり、さわやかだったり、頼もしかったり、男っぽかったり。
宮部って、いろんな顔を持ってるよなぁ。
そんなことを考えながら、じーっと宮部の顔を見ていたら。

「姫、だいぶ酔ってる?」
心配そうに私の顔をのぞきこんで、訊いてきた。
「んー、お酒飲んだから少しねー。でも、いい気分だおー」
あれ? 舌が回らなくなってきた。
「アハハハハ」
ホント、ダメダメだな、私。
ダメだと思うと、おかしくなって笑っちゃう。
「ご機嫌だな、姫」
宮部もクスクス笑いだした。
私が笑ってるのがうつったみたい。
「うん、ご機嫌だおー」
あー、ホントに楽しいし、気分がいい。
気分がいいのは、宮部がこうしてそばにいてくれてるせいかも。
電車が揺れるたびに、力強く私の体を支えてくれて。
背中から腰に回った腕が、思いのほかたくましくて、頼もしい。
なんか、安心するなぁ……。

ふらつく体を宮部に支えてもらいながら、電車を降りて、夜道を歩く。
「姫んち、駅からどれくらい?」
「んー、5分か6分くらいー。この道まっすぐ行けば、すぐだよー」
「そっか」
ふらふらしながら、ひとり暮らしの自宅マンションへ。
酔ってほてった頬に、夜風が気持ちいい。
それに、こんなふうに男の人に寄りかかって送ってもらうのも久しぶりで、心地いい。

隣に人がいるのって、安心するなぁ……。
ひとりじゃないんだって、思える。
ずっと、このぬくもりに、くるまれていたい。
宮部……、私、甘えてもいいかなぁ?

「あ、着いたー」
「ここ?」
「うん、ここの2階ー」
階段を上がり、部屋の玄関前に立って鍵を開ける。
「送ってくれて、ありがとね」
そう言って、宮部を見上げると。
「あぁ」
そう答えた宮部と見つめ合う形になった。
ポワーンとしているのが、自分でもわかる。
私、まだ、酔っぱらってるなぁ。
ボンヤリと宮部の顔を見つめていたら。
前に立って、私を見下ろしていた宮部の顔が、少しずつ近づいてきた。
そして、両肩をつかまれた。

あ、これって……。
キスされる?
宮部の表情は真剣そのもので、本気なんだって伝わってくる。

――ドクン。

よけようと思えば、今ならまだ間に合う。
拒否すれば、きっと宮部は優しいから、無理強いはしない。
でも……。

――ドクンドクンドクンドクン。

拒否なんて、したくない。
だって、私。
宮部が、好き……。

そう思った瞬間、唇が重なって、私はキスを受け入れた。

数秒触れただけのキス。
宮部の顔が離れたのを感じて、目を開けると、まだ目の前に宮部の顔がある。
あぁ、かっこいい……。
至近距離で見る宮部は、やっぱりかっこよくて。
「姫……」
ささやくように私の名を呼ぶと、宮部はもう一度、口づけてきた。
今度は、さっきと違って、愛撫するようなキス。

あ……、気持ちいい。
こんなキスされたら、感じちゃう。
だんだん、身体の奥がうずいてくる。
「ん……」
もっと欲しくて、宮部の背中に腕を回して抱きついた。
すると、それが合図になったかのように、キスがもっと深くなって、宮部の舌が私の口内で暴れ出した。
「んんっ……」

宮部、もっと、もっと……。
むさぼるようにお互いの舌を絡めあい、きつく抱きしめ合う。
ダメ、キスだけじゃ、足りない。
――ハァッ、ハァッ……。
息を荒げて唇を離すと、私はドアから背を浮かせ、ドアを開けて、宮部を部屋の中にいざなった。