4.あいまいな関係 ― 2

「それでね、宮部、その退職願いを返してほしかったら、今夜、詳しく事情を聞かせろって言ってきかなくて。しかたなく、連行されるようにして食事に行ったの」
……あぁ、そうだったのか。
あの夜、ふたりが仲良く手をつないでいたように見えたのは、由梨が逃げないように、宮部が捕まえてたんだ。

「で、食事しながら、洗いざらい今までの愚痴を宮部に吐きだして。でも、そうしたら、案外すっきりしちゃって。宮部に説得されたのもあって、退職願いはその場で破り捨てちゃったんだ」
「じゃぁ、今はもう、辞める気はないのね?」
佐奈が確認すると、由梨は明るい声で応じた。
「うん! もう大丈夫。宮部にも言われたんだけど、これからは、あんまり溜め込まないで、佐奈と姫に聞いてもらうようにするから、よろしくね」
「もちろん、なんでも聞くよ! ね、姫?」
「うん!」
「ふたりともありがとう。そういうワケで、あの日、私と宮部はデートしてたワケじゃないから。姫、宮部のこと、少しは考えてあげてね。すごくいいヤツだと思うよ」
「えっ、あ、いや……、うう……」
口ごもる私に、笑い声を響かせて「じゃあ、また明日ね」と由梨は電話を切った。

「と、いうこと。わかってもらえた?」
宮部が、すっきりした顏で私たちを見ながら、スマホをしまう。
「うん、わかった! 誤解してゴメン!」
佐奈は潔く頭を下げる。
「ごめん」
私も、一瞬遅れて頭を下げた。
「いいよいいよ、ふたりとも! わかってもらえれば、それでいいから」
にこやかな宮部にうながされて頭を上げると、佐奈は、いつのまにか運ばれてきていた中ジョッキを手に取った。
「じゃ、仕切り直して、乾杯しようか」
「おうっ!」
宮部もジョッキを持ち上げる。
3人で乾杯して、ちょうどそこに運ばれてきた料理に、各々箸を伸ばす。

「いやー、まぁ、あれだけ『姫、姫』って追いかけ回してた宮部が、まさか由梨と? とは思ったんだけどねー。でもまさか、由梨が辞めようとしてたなんて、ほんとビックリしたよ!」
佐奈が枝豆をつまみながら言うと、宮部はジョッキを置いて憤慨した。
「いや、俺の方こそビックリだよ。いきなり、由梨と付き合ってるのか、なんて詰め寄られてさ」
「ハハ、だからゴメンって!」
「でも、誤解が解けて良かったよ。っていうか、おまえら、仲いいのに、肝心な話はしてないんだな?」
「それは明日、由梨に言っとく。水くさいよねー」
佐奈に同意を求められ、大きくうなずく。
「なんでも言ってくれたら良かったのにね。でも、たしかに今まで、由梨から愚痴とか聞いたことないかも。いつも、ウンウンって私たちの話を聞いてくれてる感じ」
「だねー。私たちが、由梨に甘え過ぎてたのかもね」
「由梨、優しいからね」
すると、宮部が口を開いた。
「ひとりだけ、オフィスが違うからってのも、あったんじゃないか?」
「どういうこと?」
「おまえら、フローリストのオフィスのこと、どれくらい知ってる?」
「えー、どれくらいって……。フローリストのメンバーの名前と顔くらいは知ってるけど」
「そういえば、由梨、仕事の話って、あんまり詳しくしないね」
「あぁ、そうかも。このあいだのことだって、鈴木さんが入院して忙しくなったって、その程度にしか言ってなかったし」
「そうそう。鈴木さんの案件全部やらされてたとか、あとで宮部から聞いて知ったし……」
私と佐奈が顔を見合わせてると、宮部は苦笑いを浮かべた。
「同じ会社にいても、他のオフィスのことって案外知らないよな、俺たち。そこに、同期の仲間がいてさえ、知らないことが多すぎる……」

あっ、これって、まりあさんが言ってたことじゃない?
うちの会社は、各オフィスがバラバラで、交流がないって。
だから宮部は、他のオフィスの人たちと、ランチに行ってるって……。

「ブライダルプランナーは、横のつながりが大事、なんだよね?」
私がつぶやくと、宮部はニッコリ微笑んだ。
「あぁ、それ、姫もまりあさんに言われたんだ?」
「うん」
うなずくと、佐奈が興味深そうに身を乗り出す。
「ん? なにそれ?」
「いや、俺が新人の頃、まりあさんが教育係だったんだんだけどさ、プランナーって、他のオフィスと連携して仕事しなきゃならない割に、よそのことを知らないから、横のつながりを自分でしっかり作れって、しつこいくらいに言われたんだ」
「へぇ……。あ、じゃぁ、もしかして、宮部がよく他のオフィスの人たちとランチに行ってるのって、そのため?」
「あぁ、まぁな」

やっぱり、そうだったんだ……。
納得してると、佐奈がささやいてきた。
「姫、今の聞いた? 宮部、仕事のために、他のオフィスの子たちと食事に行ってたみたいよ」
「うん……」 すでにまりあさんに聞いて知っていたことだけど、本人の口から聞くと、やっぱりほっとする。
って、この感情……、私、確実に宮部に惹かれてる。
宮部に目を移すと、ジョッキを傾けたところで。
ゴクリとビールを飲みこむ喉の動きが、やけに男っぽい。
あぁ、ヤバい……。