4.あいまいな関係 ― 1

だけど、私の憂鬱さに関係なく、刻々と時は過ぎて……。

「宮部、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
佐奈が口火を切ったのは、3人で和風ダイニングバーに入り、テーブル席で注文を済ませてすぐのことだった。
「ちょっと、佐奈、せめて飲み物が来てから……」 いくらなんでも、いきなり過ぎでしょ?
そう思って、クイクイッと隣の佐奈の袖を引いたんだけど。
「なに言ってるの! こういうことは、最初にはっきりさせといた方がいいの!」
佐奈は、譲る気まったくないらしい。
あー、まいったな、まだ心の準備できてないのに……。
ドクドクと心拍数が上がっていく。
なにも知らない宮部は、正面から私たちのやり取りを面白そうに見ていたかと思うと。
「なになに? ふたりだけで盛り上がってないで、俺も入れてよ」
なんて言ってくる。
すると、佐奈は。

「宮部、あんた、由梨と付き合ってるの?」

うわぁーーーっ、直球だよ!
宮部の顔を見られない。
ううん、やっぱり、見たい。
怖いもの見たさって、こういうことだよね。
宮部が肯定するのを聞きたくないのに、どんな顔してるかは見たいなんて、私も相当ねじまがってる。
で、正面の宮部に目を向けると……。

ハトが豆鉄砲食らったような顔。
ぽかんとしたまま、パチパチと瞬きだけ繰り返している。
数秒後、やっと表情を動かした宮部は、困惑したような半笑いになって。
「なんで俺が由梨と……? んなワケないじゃん」
一方、佐奈は、メガネをキラリと光らせ、追及の手をゆるめない。
「先週見たのよ。私たちとの飲み会ドタキャンして、由梨とレストランに入ってくとこ。仲良く手ぇつないでさ! あれ、どう見てもデートだったんだけど?」
すると、宮部は、あぁ、と納得して、首を振った。
「違う。デートじゃないよ。緊急事態だったんだ」
「緊急事態?」
佐奈と顔を見合わせる。
意味がわからない。
「由梨から聞いてないのか?」
宮部に訊かれ、私も佐奈も首を振った。
すると、しょうがない、と、宮部はスマホを取り出して、どこかに電話をかけだした。
「あ、由梨? 今、まだ仕事中?」
どうやら、相手は由梨らしい。
「今さ、姫と佐奈と飲みに来てるんだけど、先週、一緒にいたとこ見られてたらしくて、俺、誤解されててさ。あのこと、ふたりに話してないの?」
二言三言、由梨と言葉を交わしたあと、宮部は通話を私たちにも聞こえるように設定して、スマホを私と佐奈の間に置いた。
「由梨、いいよ。話してやって」
宮部が声をかけると、由梨の声が聞こえてきた。

「姫、佐奈、ごめん。私、ふたりに黙ってたことがあるの」
「黙ってたこと?」
佐奈の問いかけに、由梨が話し出す。
「うん。このあいだ私、ブーケを間違えちゃったじゃない?」
あぁ、そういえば、そんなことがあったっけ。
まりあさんと佐奈が担当していたお客様のことだ。
「自分でもすごくショックで、そのうえ、マネージャーにもきつく叱られて、私、会社辞めようと思ったの」
「ええっ!?」
佐奈とふたりして、大声を上げてしまった。
だって、毎日一緒にランチしてるけど、そんな話、ひと言も聞いてない。
佐奈も同じだったようで、目を丸くしている。
「マジで? でもあれは、由梨だけのせいじゃないよ!」
「フフ、佐奈ならそう言うと思ってた。だから言わなかったの。もちろん辞めようと思ったのは、そのことだけが原因じゃなくて、フローリストで働いてて、他にもいろいろ悩んでてね。そういうことも全部含めて、辞めたいって思ったの」
「そんな……。そういうことなら、もっと早く相談してよー」
「ごめんごめん。私、相談って昔から苦手で……。でね、誰にも相談しないで、退職願書いて、マネージャーに出そうと思ってたんだけど、あの日の昼間、廊下歩いてるときに、その退職願を落としちゃってさ。そしたら、それをたまたま、宮部に拾われちゃって……」
「あっ!」

思わず声を上げてしまった私を、佐奈が怪訝そうに見る。
あわてて首を振り、話し続けている由梨の声に耳を傾けた。
でも、私の頭の中には、あの日の情景が浮かんでいた。
廊下の先を歩く由梨が、なにか白いものを落として、それを宮部が拾っていた。
そして、その白いものを、宮部は由梨から遠ざけて、なにか言い、由梨を非常階段の方に引っ張っていった。
あれ、退職願だったんだ……。
きっと、宮部はそれを見て驚いて、由梨を問いただしたんだろう。
「これはどういうことだ?」って。
それを裏付けるように、由梨がスマホの向こうから言った。