3.初めてのお客様 ― 12

「いい感じのカップルだったな」
おふたりの姿が見えなくなったところで、宮部が微笑みかけてきた。
「うん! あ、宮部。私、ちゃんとできてたかな?」
「あぁ、完璧だったよ。源様の心、わしづかみだったじゃん」
「そう?」
たしかに、源様はあぁ言ってくださったけど……、ひとつ不安なことがある。
「あのね、ちらっと見えちゃったんだけど、源様、よその記事も持ってらしたんだ。たぶん、これからそっちも見に行くんじゃないかと思うんだけど……」
「あぁ、そんなのは、気にすることないよ。お客様がいくつかの式場を比べるのは普通のことだから。大丈夫。あの様子なら、きっとうちに戻ってくるよ」
「そう?」
「あぁ。だって姫、ちゃんと誠実に受け答えしてただろ?」
「誠実に? うーん、自分ではよくわからないけど……」
「じゃぁ、バラのブーケと髪飾りが源様に似合うっていうのは、お世辞?」
「ううん、それは本音だよ! 本当にそう思ったから、そう言ったの!」
「だろ? そういう姫の正直で誠実な言葉は、ちゃんと源様に伝わってるから。だから、源様は、姫がいいって言ったんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。だから、きっと戻ってくるよ」
宮部はそう言って、ウインクしてきた。
こういうしぐさ、他の人がやったら鼻つまみものだけど、宮部にはよく似合う。
思わず笑顔になって、うなずいた。
「そっか。じゃぁ、期待して待つことにするよ」
「おう!」

お墨付きをもらってほっとしたところで、思い出した。
「そうだ! 宮部、一之瀬様のお相手してくれて、ありがとね。私、源様とのおしゃべりに夢中になっちゃって、一之瀬様のこと、ほったらかしにしちゃって……」
「あぁ、べつにかまわないよ。そのために俺がフォローについてるんだし」
「でも次からは、ちゃんとおふたりに目を配るように気をつけるね」
「あぁ」

接客カウンターに他のメンバーに入ってもらってオフィスに戻り、、一之瀬様と源様のデータをパソコンに打ち込んでいると、佐藤マネージャーがやってきた。
「初めての接客はどうだった?」
「はい、緊張しましたけど、宮部にも協力してもらって、なんとか無事にご案内できました。女性の方がガーデンをすごく気に入ってくださって、喜んでいただけました」
「そうか、それはよかった」
ニコニコ微笑む佐藤マネージャーに、宮部が口をはさむ。
「その女性、姫を気に入って、ぜひ担当にって言ってましたから、きっと戻ってきますよ」
「ほう、それはいいね」
「えっ、ちょっと宮部! でも、まだ他も見に行かれるようでしたし……」
宮部の自信満々なセリフに、もし戻ってこなかったらと不安になって、慌てて口をはさむと、佐藤マネージャーは、優しく微笑んだ。
「ブライダルプランナーは、お客様と何度も打ち合わせで会うし、うちの施設だけでなく、プランナー自身がお客様に気に入っていただくってのも、すごく大切なことなんだよ?」
「はい……」
「正直、最近は施設も価格も、どこも似たり寄ったりだからね。そういう中で、お客様がどこを選ぶかの決め手は、案外、プランナーの人柄だったりするんだ。だから、葛西さんは、もっと自信を持っていいと思うよ」
「はい……」
そうは言われても、まだ正式に契約になった訳じゃない。
おふたりが本当にうちに決めてくだされば、安心できるし、自身も持てるんだろうけど……。

だけど、私の心配は、翌日の午後には、きれいに晴れた。

「姫、源様って方から電話ー!」
ドキドキしながら、佐奈に回してもらった電話を取ると。
「あ、葛西さんですか? 昨日伺った源です」
「はい。昨日はありがとうございました」
「それでですね、やっぱり、そちらで私たちの式をお願いしようと思いまして」
「本当ですか? ありがとうございますっ!」
嬉しくて、でもまだ半分信じられなくて、受話器を握る手に力が入る。
「そちらのガーデンのバラが本当に素敵で、それに、やっぱり葛西さんがすごく話しやすかったので」
「えー、ホントですか? ありがとうございます!」
その後、次回の打ち合わせの日取りを決めて、電話を切った。
やったー!

受話器を置くと同時に、宮部を探す。
立ち上がってオフィスを見回すと、自席で電話対応していた。
それが終わるのを待って、そばに行き、報告する。
「宮部、源様から電話があった!」
「え、マジ? なんだって?」
「うちでやってくれるって!」
「そっか。やっぱりな。だから言ったろ? 戻ってくるって」
微笑む宮部に、私も笑顔になってうなずく。
「うん! いろいろありがとね」
「いや、礼を言うのはまだ早いよ。プランを立てていくのはこれからなんだから」
「そっか。そうだね」
もうすっかり重荷をおろした気分になってたけど、そうじゃないんだった。
「じゃぁ、おふたりの式が終わったら、改めてお礼言うね。最後まで、指導、よろしくお願いします!」
改まって頭を下げると、宮部は、私の頭をいい子いい子となでる。
「がんばろうな」

――ドキンッ!

うわっ、まいったな。
まただ。
宮部にドキドキしたりしちゃダメなのに……。

「あ、そうだ、姫。今夜、飲みに行く約束だったろ? お祝いに、姫の分は、俺のおごりな」
「えっ、いいの?」
「あぁ!」
そのとき、宮部のデスクの電話が鳴り、話はそこまでになっちゃったんだけど。

そうなんだよね。
今日は、宮部と佐奈と、飲みに行く約束をした日。
由梨からは、今日のランチのときにも、宮部の話は出なかった。
だから、佐奈は、飲みの席で宮部を問いただすって息巻いてた。
だけど、私は……。
あーぁ、なんだか、すごく気が重い。
宮部の口から、由梨のことを聞くと思うと、逃げ出したいような気分。
憂鬱だなぁ。
ずっと、夜になんてならなければいいのに……。