3.初めてのお客様 ― 11

「いかがでしたか?」
接客カウンターにおふたりが腰を落ち着けたところで、源様に訊いてみる。
「すっごく素敵でした。想像していた以上にお庭が広くて、本当に感激しました」
やや上気した顔でそう言ってくださる源様にうなずき返し、一之瀬様に顔を向ける。
「一之瀬様はなにか、ご質問などございませんか?」
後半ほったらかしにしていた償いを込めて訊くと。
「うーん、特には……。ただ、金額がちょっと気になるかな? 料金表みたいなものはありますか?」
さすが男性。気にするところが、女性とは違う。
でも、そんな思いはこれっぽっちも顔に出さずに、微笑んだままうなずく。
「はい、ございます」
そう言い、スタンダードプランのパンフレットを開いて差し出した。
それに目を落とす一之瀬様に、さりげなく告げる。
「ただ、こちらはあくまでも、目安になさってください。ドレスやブーケ、お料理や引き出物など、お客様の選ばれるものによって、かなり変動してきますので」
「あぁ、なるほど」
「披露宴の演出も、定番のキャンドルサービスとケーキカット、ご両親への花束贈呈でこの価格を出していますが、それ以外のものに変更したり、あるいは追加したり、さまざまなオプションを用意しておりますので、ご相談いただければと思います」
「わかりました」

スマートにうなずかれた一之瀬様は、そのあたりは了解している、という表情。
もしかしたら、営業職なのかも。
ちゃんと、『大人の事情』がわかっていそうでよかった。
ときどき、あれもこれもとたくさんオプションを詰め込んだあげく、見積もり金額を見せたとたんにクレームをつけてくる困ったお客様がいるんだけど、一之瀬様に限っては、そういうことは間違ってもなさそう。

ほっとして、一之瀬様の手の中のパンフレットを横から見ている源様に目を移し、もう一度訊いてみる。
「源様は、ほかにはなにか?」
すると、顔を上げた源様は、じっと私の顔を見つめて、軽く首をかしげた。
「えーっと、もしこちらでお願いすることになったら、葛西さんが私たちの担当になるんですか?」

――ドキッ。
ひょっとして、私じゃ不安があるのかな?
新米ってこと、見抜かれちゃたのかも……。
自分ではうまく案内できたつもりだったけど、やっぱりまだまだだったか。
ちょっとがっかりだけど、ここはこらえて笑顔を作る。
「そうですね、特に問題がなければ、私がやらせていただきます。ただ、ご要望があれば、他にもブライダルプランナーはおりますので、さきほどの宮部でも、他の者でも、担当を変えることは可能です」
すると、源様はあわてたようにこの前で手を振った。
「あー、そうじゃなくて! 私の勝手な思い込みなんですけど、葛西さんとは話が合いそうだなって思って、だから、他の人に変わっちゃったらいやだなぁって思ったんです」
「え……」
思ってたことと真逆のことを言われ、一瞬、答えに詰まった。
でも。
「あっ、そうでしたか! そう言っていただけて、すごくうれしいです。ありがとうございます!」
すぐに、満面の笑みで頭を下げた。

うわぁ、ほんっとうに、嬉しい!
初めてのお客様に、こんなふうに言ってもらえるなんて……、すっごく幸せ!

その後、一度帰って検討するというおふたりに、パンフレットとプレゼントのドラジェをお渡しし、仲良く手をつないで帰っていくのを、温かい気持ちでお見送りしたのだった。