3.初めてのお客様 ― 10

チャペルの重厚なドアを開けると、ステンドグラスの色鮮やかな光が、目に飛び込んできた。
あとから入ってきたおふたりが、感嘆の声をもらしている間に、宮部はスッと裏に回る。
やがて、チャペル内にパイプオルガンの音が響き始めた。
宮部が鳴らしたのだ。
「えっ、すごい! これって……」
源様は、目を丸くしてキョロキョロしている。
「あちらのパイプオルガンの自動演奏です。本番の結婚式でもこのように演奏されます」
正面の十字架の横にある、金色に輝くパイプオルガンは、うちの目玉のひとつ。
チャペル内に響く荘厳な音楽は、一気に気分を高めてくれる。
「素敵……」
うっとりとつぶやく源様は、この演出を気に入ってくださったみたい。
宮部、グッジョブ!

おふたりを先導して、赤いカーペットのバージンロードを進む。
「式では、ウェディングドレスに身をつつんだ新婦様と、タキシード姿の新郎様が、こちらで宣誓をおこないます」
結婚式の手順を簡単に説明すると、源様は、自分と一之瀬様が式を挙げる様子を想像しているのか、陶然とした表情で十字架を見上げた。
一方、一之瀬様は、そんな源様を優しく見守っている。

うん、いい感じ。
結婚式場を決めるのは、たいてい女性の方なんだよね。
とりあえずチャペルは、源様に、合格点をもらえたかな。
手ごたえを感じつつ、チャペルを出て、邸宅へ向かう。

邸宅に着くと、今度も宮部は、すばやく裏に回っていった。
閉めてあった窓とカーテンが、自動で開いていく。
会場の南側ほとんどすべてが開け放たれるので、その様子は圧巻だ。
「おっ、すごいな」
一之瀬様が、初めて驚きの表情を見せた。
「こちらは、フランス邸になります。大きく開いた窓からはガーデンに出ることもできて、そちらでデザートビュッフェを行うことも可能です。どうぞ、お庭に出てみてください」
おふたりを案内して、庭に出る。
季節の花々が咲き乱れたガーデンに、源様がため息をもらした。
「うわぁ……」

よしよし、ここもいい感じ!
女性に大人気のガーデンは、実際に見ていただくのが一番なのよね。
写真では伝わらない臨場感を、ぜひ味わっていただかないと。

「こんなにたくさんの種類のバラを一度に見られるなんて……」
源様が感心したように言うので、訊いてみる。
「バラがお好きなんですか?」
すると、源様はパッと顔を輝かせた。
「はい。母が好きで、小さい頃からうちの庭でもバラを育てているんです」
「へぇぇ、そうなんですか。お庭にバラなんて、素敵ですね」
「あっ、でも、すごく小さな庭なんですけどね」

恥ずかしそうにそう言った源様は、頬をピンクに染めて首をすくめた。
その様子が、とても可愛らしい。
きっと、素敵な洋館にお住まいのお嬢様なんだろうなぁ。
ひょっとしたら、専門の庭師がいたりするのかもしれない。
まさに、深窓の令嬢って感じの女性だもんね。

バラの話が出たので、以前由梨に聞いた話をしてみる。
「ブーケを作るときに、花嫁さんに一番人気があるのは、バラなんだそうですよ」
「あっ、そうなんですか? 私もそうしたいと思ってたんです!」
目を輝かせた源様に、微笑みながらうなずく。
「バラ、いいですよね。以前、ブーケも会場装花も、すべてバラでそろえられたお客様がいらっしゃいましたが、その方は、ドレスの刺繍もバラ、席次表や席札のモチーフもバラにされて、とても素敵でしたよ」
「へぇ、バラづくしですか。そんなこともできるんですね、素敵だなぁ……」
「源様でしたら、ヘアアレンジにバラを使っても、お似合いになりそうですね」
長い髪をアップにして生花を飾ったら、お似合いだろうなと思いながらそう言うと、源様は少し驚いたように目を見開き、微笑んだ。
「あー、それ! 実は私、それも考えてたんです!」
「え、そうなんですか?」
「はい! 会場のお花までは考えてなかったんですけど、ブーケと髪飾りはバラがいいなぁって」
「そうなんですか。うちには、専門のフローリストがいますから、きっと源様の気に入るバラを見つけてくれると思いますよ」
「あぁ、それは心強いですね。バラって種類が多いですものねぇ」

バラの話ですっかり意気投合した源様と並んでガーデンを歩いていると、後ろを、一之瀬様と宮部がにこやかに喋りながら歩いているのに気付いた。
あー、マズい! 一之瀬様のことをすっかりほったらかしにしちゃってた!
でも、宮部、ちゃんとフォローしてくれてたんだ……。
宮部、サンキュ。
あとでお礼言わなくちゃ。
そんなことを考えながら、残りふたつの邸宅も回って、そのあと、接客カウンターに戻った。