3.初めてのお客様 ― 9

30分経ってもお客様が来ない。
手持無沙汰になって後ろを向くと、宮部がパソコンから顔を上げた。
「ん? どうした?」
「お客様がいらっしゃるまで、なにか手伝うことない?」
「あぁ、じゃぁ……」
言いかけた宮部が、入り口の方を見て、営業用の笑顔になる。
「いらっしゃいませ」
あわてて振り返ると、ひと組のカップルが入ってきたところだった。
「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
ニッコリ微笑んで立ち上がり、カウンターの前のイスを手のひらで示すと、ふたりは仲良くこちらに歩いてきた。

さぁ、いよいよ、私の記念すべきブライダルプランナーひと組目のカップル!
がんばって接客しなくっちゃ!
期待と緊張とでどぎまぎしている胸をなだめながら、カップルが前に座るのを待つ。
ふたりが腰かけてから、自分も座り、改めてふたりを見た。

男性は、20代後半くらいのさわやかな好青年タイプ。
糊のきいた白いシャツに、夏物の水色のジャケットを羽織って、なんていうか、育ちがよさそう。
一方、女性は、20代半ばくらい。
自然なこげ茶色のストレートロングで、薄いピンクのワンピース姿が清楚な、可愛らしいお嬢様って感じ。
ふたりともどことなく品があって、とってもお似合いのカップル!

笑顔でふたりを見ていると、男性の方が口を開いた。
「あの、こういうところに来るの、初めてなんですが、雑誌でこちらの記事を拝見しまして、少し、見学させてもらいたいなと思いまして……」
あ、この人、少し緊張してるみたい。
そう思ったら、逆に自分の緊張は、フッとほぐれていくのを感じた。
さっき宮部にも言われたけど、ブライダルのことなら、もう丸2年ここで働いてる私の方がプロなんだよね。
よし、落ち着いてきた。これなら、イケる!

「そうですか、ありがとうございます。私、ブライダルプランナーの葛西姫子と申します。そうしましたら、ご案内する前に、こちらにお名前とご連絡先をご記入いただけますか?」
名刺を渡したあと、お客様カードとペンを差し出すと、男性はうなずいて名前を書き出した。
女性は、黙ってその様子を見ている。
その女性に向かって、訊いてみた。
「雑誌は、どちらのをご覧いただいたんでしょうか?」
「あぁ、結婚情報誌の……」
女性は有名な雑誌の名前を上げて、バッグから切り抜きを取り出した。
その雑誌一冊を持ってくるとなると、かなりの厚さがあって重いので、うちのページだけ切り取ってきたらしい。
そのとき、ちらっとほかの式場の記事も持っているのが見えた。
もしかしたら、うちのあとで、そっちも見学に行くのかも。
だとしたら、よそに負けないように、気合入れて案内しないと!
まずは、記事持参のお客様には、ちょっとしたお礼をしているので、そのことを言っておこう。

「ありがとうございます。こちらの記事ご持参のお客様には、私どもオリジナルのドラジェをプレゼントさせていただいておりますので、お帰りの際にお持ちください」
私がそう言うと、宮部が小さな手提げに入ったドラジェを持ってきてくれた。
さすが宮部、完璧なサポート!
ちなみに、ドラジェというのは、披露宴で新郎新婦がゲストに配ったりする、アーモンドをチョコレートや砂糖でコーティングしたお祝いのお菓子のこと。
宮部に目だけで礼を伝えると、かすかにうなずいて、また後ろに下がる。
私が手提げを女性の前に差し出すと、女性は、プレゼントのことを知っていたようで、すんなりうなずいた。

ふぅん、このことを知ってるってことは、雑誌の記事を隅々まで読んでくれたってことだよね。
だって、プレゼントのことは、記事の最後に小さく載ってるだけだから。
だったら、雑誌に載せてることはもうすでにご存じだろうから、くどくど説明はしないで、記事に書いていない、うち独自の良さを見ていただこう。
そんな算段をしながら、男性に続いてお客様カードを書いてくださっている女性の手元を見る。

男性は、一之瀬 裕司(いちのせ ゆうじ)さん、28歳。
女性は、源 優華(みなもと ゆうか)さん、25歳。
ふたりとも会社員らしい。

「ありがとうございます。では、一之瀬様、源様、さっそくチャペルの方からご案内しますね」
私が席を立つと、宮部も立ちあがった。
そこで、おふたりに宮部を紹介する。
「こちらは、同じくブライダルプランナーの宮部です。見学の手伝いをしてもらいますので、同行させていただきますね」
事前の打ち合わせ通りに宮部を簡単に紹介すると、おふたりは宮部にも丁寧に頭を下げてくださった。
あぁ、いいなぁ、こういうカップル。
この方たちには、ぜひ、うちで結婚式を挙げてもらいたい!
あー、なんだか、熱くなってきた!
がんばるぞー!