3.初めてのお客様 ― 8

「じゃ、姫、ここに座って」
宮部が接客カウンターのイスを引いてくれる。
相変わらずのジェントルマンぶりだぁ。
でも今は、緊張で、それどころじゃない。
「はい」
神妙な顏で座ると、宮部は、後ろにあるデスクについた。

あれ? 宮部もカウンターに座るんじゃないの?
不思議に思って振り返ると。
「俺はここで、何食わぬ顔して姫の接客聞いてるから、なにかあれば遠慮なく声かけて。ただそのとき、俺はあくまでも姫のサポートだから、なんていうか、後輩に指図するみたいな感じで言うようにして」
「後輩に言うような感じ?」
「そう。見学に来るお客様って、たいてい、こういうとこに来るのは初めてで、緊張してることが多いから、プランナーが安心させてあげないといけないだろ?」
「うん」
「でも、担当のプランナーが新米だってわかったら、お客様は逆に不安になっちゃうと思うんだ」
「うん、そうだね」
「だから姫には、『私はこの道のプロです、お任せください』って感じに、堂々としててほしいんだ」
「ん、わかった」
「で、俺のことはアシスタントみたいに使って。そしたらお客様は、姫のことをベテランなんだぁって思って、安心するだろ?」
「あぁ、なるほど。でも、それって、お客様のことをだましてるみたいじゃない?」
ちょっと後ろめたい気持ちになってそう言うと、宮部はおかしそうに笑う。
「大丈夫、あながちウソじゃないんだから。だって、姫はもうここで、2年もアテンダントとして働いてきただろ?」
「うん」
「今まで、何組のお客様の結婚式を見てきた?」
「えーーっ、急にそう言われても……、数えてないよー」
「つまり、パッと出てこないくらいの数をこなしたってことだよな?」
「あぁ、うん、まぁね」
「だったら、ベテランじゃん」
「んー、そうなる、のかな?」
「なるよ! 少なくとも、初めてうちに来たお客様に、うちでのいろんなパターンの結婚式・披露宴のやり方を話してあげられるくらいには、さ」
「うん、そっか……」
「だから、そんな不安そうな顔しないで。練習でもちゃんとできてたし、なにかあれば、俺もすぐサポートに入るし」
「うん」
そうだよね、宮部もいるんだし、なんとかなる、よね?
まだちょっと不安な気持ちで上目づかいに宮部を見ると、宮部はニコニコ微笑んで、私の頭をポンポンとしてきた。
――ドキンッ!
うわわわわっ、なっ、なに?
ドキドキと鼓動が速まっていく。
ちょっと宮部、こんな不意打ち、やめてよ!
顔が赤くなりそうなのを気取られないように、息を殺してると、宮場はものすごく優しい顔で微笑んできた。

「大丈夫。姫ならできるよ」

きゃーーーっ!
ヤバい、ヤバい、ヤバすぎっ!
もうっ、そんな顏、仕事中に出さないでよ!
っていうか、これから一緒に働くのに、いちいち宮部の王子スマイルに反応する私も私よね。
しっかりしないと!
でも……。

『姫ならできるよ』、か。
なんか、安心するな……。

よしっ、がんばろう!
「わかった。がんばってみる」
頬を引き締めて宮部にうなずいてみせると、宮部もうなずき返してくれた。
その後宮部は、デスクのパソコンに向かって仕事を始めた。
私は宮部に背を向けて、カウンターに向き直る。
さぁ、いつでも来いっ!
私はパフレットを並べ直し、お客様がいらっしゃるのに備えたのだった。

ところが……。