3.初めてのお客様 ― 7

まりあさんと連れ立ってオフィスに向かって歩いていると、後ろの方から、知った声が聞こえてきた。
「あら、宮部君たちね」
まりあさんも気づいた。
宮部とさっきのヘアメイクのアシスタントの子……、と思ったんだけど。
その隣に、ヘアメイクのマネージャーとチーフも一緒にいる。
どこかでばったり会ったのかな?
だとしたら、ふたりきりのランチを邪魔されて、迷惑だったんじゃ、なんて一瞬勘ぐったんだけど。
4人は仲良く賑やかにしゃべっている。
聞こえてきた内容によると、どうやら、最初から4人でのランチだったみたい。
どういうことだろう、と不思議に思ってると。

「宮部君、ちゃんと実践してるのねー。エライエライ」
まりあさんが、感心した様子でつぶやた。
エライ? なにが?
首をかしげると、まりあさんは歩きながら教えてくれた。
「横のつながりを大事にしなさいっていう、私の言いつけを守ってるのよ、宮部君」
「横のつながり? って、どういうことですか?」
「うちの会社って、各オフィスが別々の場所にあるでしょ? 私たちプランナーとアテンダントのオフィスは、接客カウンターのあるロビー近くにあるけど、フローリストは奥の方、カメラマンたちは逆の奥のスタジオ、ヘアメイクやドレスは2階、パーティーフロア担当や厨房スタッフにいたっては別棟にいるじゃない?」
「えぇ、そうですね」
「だけど、結婚式も披露宴も、我々みんなで協力して作り上げるものでしょ?」
「はい」
「結婚式や披露宴を成功させるためには、各オフィスの協力が必要不可欠なのに、うちの会社、なかなかほかのオフィスの人たちと交流する機会がないのよ」
「あぁ、それはたしかに」
私も毎日会社に来ても、オフィス内の人と、あとは同期の友達くらいしか、しゃべることはない。
アテンダントの仕事中は、花嫁さんをあちこちに案内するから、ヘアメイクやドレス、カメラマン、パーティフロアの担当とも顔は合わせるけど、私語は厳禁だから、おしゃべりすることはないんだよね。

「ふだんはそれぞれ、各オフィスで自分の担当業務を淡々とこなせばいいと思うんだけど、なにか不具合が起きたときに、横のつながりがないと、いろいろ不便なのよ」
「はぁ……」
そう言われても、今ひとつピンとこない。
すると、それを察したらしいまりあさんは、微笑んで続けた。

「私たちプランナーは、言ってみれば、結婚式・披露宴の総合プロデューサーなの。だから、常に全体に目を光らせてなきゃならないのよ。もちろん、ブーケや会場装花はフローリストに任せるし、ヘアメイクも専門家である彼女たちに任せるんだけど」
そう言って、まりあさんは後ろを歩いているヘアメイクの人たちをちらっと振り返る。
「はい」
「でも、お客様にとっては、『ウェヌスハウス吉祥寺』の窓口は、あくまでもプランナーである私たちなの」
「はい」
「だから、ブーケのこともヘアメイクのことも、なにか不都合があれば、そのクレームは、私たちプランナーがお受けするのよ。たとえそれが、私個人のミスじゃなくてもね」
「あぁ、なるほど」
そういえば、この間の、由梨のブーケのミスのときも、真っ先に花嫁さんのところに駆けつけていたのは、まりあさんだった。
「そういうときに、ふだんから各オフィスの人とつながりがあれば、注意したり、お願いもしやすいでしょ? 逆に、つながりがないと、ぎくしゃくしちゃって、うまくいかないのよ」
「そっかぁ、そうなんですねぇ……」
言われて思い出した。
今日、まりあさんは、フローリストの鈴木さんをランチに誘いに行ったんだっけ。

私が何度もうなずいていると、まりあさんはニコニコと宮部の方を見た。
「その点、宮部君は、完璧ね。どこのオフィスの人に聞いても、彼の評判は上々だもの」
そこまで聞いて、ハッとした。
「え、じゃぁ、宮部がいつもいろんなところの女の子と一緒にランチ行ってるのって……」
「うん、横のつながりを強化するためでしょうね。でも、女の子とだけじゃないでしょ? このあいだは、パーティーフロアのマネージャーと一緒だったわよ」
パーティーフロアのマネージャーは、男性だ。
「そうですか……」

うわー、ってことは、私、ものすごい勘違いしてたってこと?
宮部って、チャラ男じゃなかったの?
っていうか、まりあさんの言うとおりなら、すごく仕事熱心な男だってことになる。
えーーーっ、マジ……?

会社に着くと、ヘアメイクの人たちと別れた宮部が駆け寄ってきた。
「まりあさん、お疲れさまです! 姫とランチだったんですか?」
にこやかに王子スマイルで話す宮部が、いつもと違って見えるのは、私の、宮部を見る目が変わったせいだろう。
「えぇ、そうなの。あ、そうだ、宮部君、午後、接客カウンター入れる?」
まりあさんの問いに、宮部は仕事の顔になって私を見た。
「はい。姫が主担当で、私はサポートという形で入ろうと思ってるんですが」
「うん、いいわね。姫ちゃん、新規のお客様がいらっしゃったら、お願いね」
急に話を振られ、ドキンと心臓が跳ねる。
「あっ、はい、わかりました!」
いよいよ、私の本格的なプランナーデビューだ!