3.初めてのお客様 ― 6

……まりあさんと美里さんは、特に仲が悪いわけじゃない、よね?

うちの会社は女性が多いから、私も入社前は、もしかしたら女同士特有の、ドロドロした嫉妬とか陰口とか、そういうのがあるかもって心配してた。
だけど、少なくとも、プランナーとアテンダントのうちのチームは、佐藤マネージャーとチーフのまりあさんの人柄のおかげで、全然そんなことなくて。
だから、まりあさんと美里さんの関係も、美里さんはまりあさんを立ててるし、まりあさんも美里さんを信頼してるって、そういうふうに私には見えてたんだけど……。
ちがったの?
あれって、うわべだけ? 私、人を見る目がないのかなぁ。
私にとっては、ふたりとも尊敬する大好きな先輩だから、すごく残念な気分……。

ドーンと沈んだ気持ちでまりあさんを見つめると、まりあさんは困ったように微笑んだ。
「あー、誤解しないでほしいんだけど、美里さんがダメって言ってるわけじゃないのよ? 私も彼女には、次のチーフとしてチームを引っ張っていってほしいと思っているし、彼女ならできるって信じてるわ」
「はい……」
「ただね、彼女は、なんていうか……、管理職向き、なんだと思うのよ」
「管理職向き?」
「そう。利益率とか、そういうことをすごく意識して働いててね、まさに、チーフにはうってつけの人材だと思うんだけど……」
「はぁ……」
「でも、プランナーとしてなら、私は、彼女よりむしろ宮部君の方を、姫ちゃんには、目標にしてほしいなと思ってるの」
「宮部を、ですか……」

プランナーとしては、か。
まりあさんの言うこともなんとなくわかる。
このあいだ美里さんとランチに行ったとき、美里さんが会社の利益を考えて働いてるってこと、すごく伝わってきたし。
でもそれって、プランナーとして、大事なことなんじゃないの?

「姫ちゃんも、お客様を担当すれば実感すると思うんだけど、お客様第一ってことと、会社の利益って、相反することだったりするのよ」
「あぁ……」
それは、想像できる。
お客様は、できるだけ安くって望まれるだろうけど、会社の利益をあげるには、オプションを多くつけて高く買っていただかなきゃならないわけだから。
「そのときにどっちを取るかは、プランナーの考え方次第なんだけど、わたしはやっぱり、お客様第一、を取るべきだと思うの」
「……美里さんは、そうじゃないんですね?」
「そうね。でも逆に言えば、それだから彼女は、トップセールスをあげられてるんだけどね」
「はぁ」
「だから、一概にそれが悪いとは言えないのよ。会社にとっては利益になるんだから。ただ、そのときに、お客様が心から納得してればそれでもいいんだけど、不満を持たれていたとしたら、どこかでうちの悪口を吹聴されるかもしれないでしょ。そうなったら、会社にとっては不利益よね」
「あぁ……」
「うちみたいなサービス業って、お客様の口コミがすごく大切だから、いっときの利益を取るより、のちのちの利益を考えることも大切なの。一度でも悪いウワサが広まると、一気にお客様が減っちゃったりするから」
「あ、それって丸の内本店の……」
思わずつぶやくと、まりあさんは大きくうなずいた。

実は、うちの丸の内本店で、赤字が続いていた原因がそれだった。
数年前、あるプランナーが、かなり強引に高いプランをお客様に提案して、その条件をその場で断れずに飲んだお客様が、ネットでさんざん悪口を書きまくったのだ。
結局、そのお客様はうちでの挙式予定をドタキャンされたんだけど、悪いウワサは、大型掲示板からあちこちに飛び火して炎上して。
当のプランナーは、そのあと会社を辞めたんだけど、丸の内本店はその後しばらく閑古鳥が鳴いて、どうしようもない状態が続いたらしい。

「そういうこともあるから、利益のことはいいから、姫ちゃんには、お客様のことだけを考えるプランナーになってほしいの。利益のことは、それこそ美里さんや佐藤マネージャーに任せておけばいいのよ」
「はい」
「それに、そうすることでお客様の信頼を得られて、結果、お客様の方から、やっぱりあれもやりたいこれもやりたいって、オプション追加の依頼が出てくることもあるしね」
「そうなんですか?」
「うん。それが上手いのが、宮部君よ」
「へぇ、宮部が……?」
「まぁ、そのテクニックを教えたのは、私なんだけどね」
そう言って、まりあさんはクスッと笑う。
「あっ、そういえば、宮部の教育係は、まりあさんだったんでしたっけ」
「えぇ。彼には、私の信念もノウハウも直々にたたきこんであるから、信頼して彼になんでも聞くといいわ」

そっか、宮部は、まりあさんの直弟子なんだね。
だから、まりあさんは、宮部を推すのか。
そういうことなら、たしかに宮部は信頼していいのかも。
「わかりました!」
「姫ちゃん、ホントに期待してるからね。がんばってね」
「はい、がんばります。ありがとうございます!」

まりあさんと美里さんの考え方の違いは、今の私にはまだ難しくて、どちらがいいとも判断つけられない。
でも、まりあさんの言うとおり、プランナー初心者の私は、会社の利益のことは美里さんや佐藤マネージャーに任せて、まずはお客様のことだけを考えようと思う。
もともと、お客様の幸せな笑顔を見たくて、ブライダルプランナーを目指したんだしね。
まりあさんの話をきっかけに、入社時の初心を思い出した私は、心に誓った。
お客様第一、それをモットーに、ブライダルプランナーとしての第一歩を踏み出そう!
笑顔でまりあさんと目を合わせた私の心は、すっきり晴れ渡っていた。