3.初めてのお客様 ― 5

「だって姫ちゃん、あのとき、新婦とゲストの方々のことを考えて、その結果出た答えが、アヒル歩き、だったんでしょ?」
まりあさんに訊かれ、あの日を思い出す。

あれは、新人研修最終日。
私たち新人は、研修で学んだことの総復習のために、模擬結婚式・模擬披露宴を行っていた。
交代でプランナー役やアテンダント役を務め、途中でまりあさんが出す「こういう場合はどうする?」という問いに、行動で答えるのだ。
たとえば、結婚式の最中、新郎が緊張で指輪を落としてしまったら? なんていう質問があったっけ。

私の順番は最後の方で、アテンダント役だった。
私に出されたのは、こんな問題。
新郎新婦からご両親への花束贈呈のあと、新郎新婦とご両親が、並んでゲストに一礼したところで、感極まった花嫁が泣き出してしまったら、アテンダントは、どうやって花嫁にハンカチを渡す?
その問いを受けたとき、私は、花嫁から遠く離れた会場の隅に立っていた。
私と花嫁の間には、ご両親が立っている。
そして、ご両親は、壁のすぐ前に立っていて、後ろは通れない。
さぁ、どうやって、花嫁にハンカチを届ける?

ご両親の前を通っていくのは失礼だし、しかもカメラマン役が、ゲスト席の後ろの方から、新郎新婦とご両親を撮っていた。
そのカメラに写りこまないで、花嫁にところまで行かなければならない。
そこで私が、頭をひねって思いついたのが……、
アヒル歩き、だったんだよね。

できるだけ頭を低くして、ゲストの方々やカメラマンが、新郎新婦とご両親を見るのを邪魔しないように。
アテンダントは黒子なんだから、極力、目立たないように。
そんなことばっかり考えてたから、自分がヒョコヒョコ歩く姿が、どんなにみっともないか、そしてどんなに滑稽か、なーんてことには、これっぽっちも思い至らなかった。
だから、私がアヒル歩きを始めたとたん、見ていたみんなが大爆笑したのを見ても、私はキョトンとしてて。
その顔がまた面白かったらしく、みんなはもう一度爆笑して……。

あー、思い出すたびに、恥ずかしい!
でも。
まりあさんの言うとおり、あのときの私は、花嫁さんとゲストの方々のことだけを考えて、アヒル歩き、っていう答えを導き出した。
それは間違いない。

優しく微笑んでこちらを見ているまりあさんに、コックリうなずいてみせると、まりあさんもうなずき返してくれた。
「お客様第一、それが、ブライダルプランナーの一番大切な心構え。もう、耳にタコができるくらい、佐藤マネージャーから聞いてると思うけど、私も、それ以上に大切なことは、やっぱりないと思うの」
「はい……」
「姫ちゃんには、その精神がちゃんと備わってる。だから、期待してるのよ」
「はぁ……。でも、やっぱりアヒル歩きは、ないですよね……」
そうつぶやくと、まりあさんは面白そうに笑って、でも、優しく私の頭をなでてくれた。
「大丈夫。もう姫ちゃんは、2年間、アテンダントとして十分な経験を積んでるんだし、教育係に宮部君もついてるし、自分の思うとおりにやれば、なにも心配いらないわ」

まりあさんの口から、突然宮部の名前が出てきて、一瞬、ドキッとした。
それが、思いのほか大きな反応で顔に出ちゃったらしく、鋭いまりあさんに突っ込まれた。
「ん? 宮部君じゃ不安?」
「あ、いや、あの……」
宮部に対するモヤモヤを、まりあさんに言うわけにはいかない。
「あの、実は私、美里さんに憧れてるんです! だから、教育係は、できれば美里さんが良かったなぁって……」
「あぁ、美里さんね……」
そうつぶやくと、まりあさんは少し顔を曇らせた。
あれ? 美里さんじゃダメなのかな?
あ、そうか! 引き継ぎで美里さんを拘束してるのはまりあさんだから、それで、気に病んじゃったのかも。
そう思い至って、あわてて、言いつくろう。
「いや、でも、美里さんは、次期チーフになる人だと思いますし、私なんかの教育より、まりあさんからの引き継ぎの方がずっと大事だと思うので……」
しかし、私の言葉の途中で、まりあさんは首を振った。
「そうじゃないの」
「え?」
なにが、そうじゃないの?

困惑してると、まりあさんは表情を引き締め、じっとわたしを見つめた。
そして。
「姫ちゃんには、美里さんみたいにはなってほしくないの」
え……?
どういうこと?