3.初めてのお客様 ― 4

その後、午前中ずっと館内案内練習を続け、お昼になったのを機に、オフィスに引きあげることにしたんだけど。
「宮部さーん!」
さっきのメイクアシスタントの女の子が、さっそくやってきた。
気まずそうな様子の宮部をその場に放置し、私はひとりオフィスへ向かう。
すると、フローリストのオフィスの方から歩いてきた、まりあさんにばったり会った。

「お疲れ様です」
会釈すると、まりあさんはパッと顔を輝かせた。
「姫ちゃん、一緒にランチしない?」
「私ですか? はい、喜んで」
大先輩のまりあさんとランチするなんて、めったにないことだけど、今日は由梨に振られちゃったし、佐奈も休みだから、誘いに乗ることにしたんだけど。
どうやら、それは、まりあさんも同様だったようで。
「実はね、今日からフローリストの鈴木ちゃんが復帰したって聞いて、ランチ誘いに行ったんだけど、フローリストのみんなで快気祝いするって言うから、遠慮してきたとこなのよ」
「あぁ、そうなんですね。私も今朝、同じ理由で由梨にランチ振られたんですよ」
「でしょ? そうだろうと思ったの! それに、姫ちゃんと話したいこともあったからちょうど良かったわ!」
「私と話、ですか?」
「うん。ほら、姫ちゃん、今週からプランナーになったでしょ。でも、私、チーフなのに、引き継ぎで忙しくてなにもしてあげられないから、せめてちょっと食べながらおしゃべりでもって思って」
「あぁ、そういうことですか。うれしいです。よろしくお願いします」
「フフ、そんなにかしこまらないで! で、どこ行こっか?」

連れ立って会社を出て、まりあさんおすすめの有機野菜が売りの和食レストランに入り、差し向かいにテーブルに着く。
「そうだ、まりあさん。あらためまして、ご懐妊おめでとうございます」
「わー、ありがと! でも、急に辞めることになっちゃってごめんね」
「いえ、とんでもない!」
顔の前でブンブン手を振ると、まりあさんは柔らかく微笑んだ。 「でもね、私、姫ちゃんには期待してるのよ?」
「え、私にですか?」
「うん。だって、私が辞める代わりに、姫ちゃんをプランナーにって推したのは私自身なんだもの」
「えぇっ、そうだったんですか?」
そんな話、佐藤マネージャーから聞いてなかったから、ビックリだ。

「フフ、実はね、まえまえから、姫ちゃんには目をつけてたの」
「え、ホントですか?」
「うん。もともと、姫ちゃんたちが入社してきたとき、佐藤マネージャーから、姫ちゃんがプランナー希望だって話は聞いてたんだけど、姫ちゃんたちの代からはひとりしかプランナーにできなくてね。男子がどうしても欲しいってマネージャーがいうから、宮部君にしたんだけど、私は姫ちゃんを推してたの」
「えっ、入社したときから……」
まりあさんにそんなに前から評価してもらってたなんて、すごく嬉しい。
誇らしい気持ちと、ちょっぴりくすぐったい気持ちを感じながら、訊いてみる。
「でも、どうして私を?」
すると、まりあさんは、ちょっといたずらっぽく微笑んだ。
「それはね……、例の、『アヒル歩き事件』のせいよ」
「ええーーーっ?」

私にとって、一番思い出したくないキーワードが出てきて、ギュッと目をつぶった。
「やだぁ、まりあさん、私のこと、からかったんですかぁ?」
『アヒル歩き事件』……、それは、私の新人研修時の大失敗で、今でも飲み会の席で笑い話によく持ちだされる出来事だ。
そういえば、あのときの講師、まりあさんだったっけ……。
あの事件、ウケる鉄板ネタみたいになってるんだけど、私自身は、話が出るたびに、顔から火が出そうになるんだよねー。
がっくり肩を落としてると、まりあさんは、あわてて首を振った。
「違う違う、からかってなんかないわよ? 私は本当に、あれを見たとき、『この子は絶対、いいプランナーになる』って確信したんだから!」
「えーーー、冗談ですよね?」
「ううん、本当だって! たしかにあの話をするとみんな笑うけど、佐藤マネージャーと私は、感心したんだから!」
そう言い張るまりあさんの顔は真顔だ。
「そう、なん、ですか……?」
半信半疑で聞くと、まりあさんは大きくうなずいた。