3.初めてのお客様 ― 3

だいたい、由梨っていう彼女がいるくせに、なんでほかの女の子と仲良くするかなぁ?
むしゃくしゃして、あとをついてくる宮部を振り切るくらいの勢いで、邸宅の方へ歩いていく。
こんなチャラいヤツを、ちょっとでもいいと思ったなんて、我ながら情けない!
ドスドス歩き、あと数歩で邸宅のドア、というところで……。
ふいに宮部に呼び止められた。
「あのさ、姫、もうちょっとゆっくり歩いて……」
「はいっ?」

なーにがゆっくりよ! あんたが早足でついてくればいいでしょ!
そんな気持ちで振り向くと、困ったような顔で私を見ている宮部。そして。
「このペースじゃ、お客様が、駆け足になっちゃうよ」
眉尻を下げてそう言われ、ハッとした。

あ……。
そうだった。
今、お客様の館内案内の練習中だった。
そう思い出すと同時に、顏が、ボッと熱くなるのを感じる。
うわぁ、ヤバい、完全に忘れてた……。
現実には宮部を案内しているけれど、これは接客練習。
宮部には、お客様と同じように、丁寧に接しなくちゃいけないのに。
ムカムカして我を忘れてたよ。恥ずかしい……。

宮部の視線から逃れるように顔をうつむかせ、口の中で「すみません」とつぶやく。
そして、空気を変えるように勢いよく振り返って、ひとつ咳払いしてから、邸宅のドアを開けた。
「えー、こちらが、フランス邸になります。どうぞお入りください……」

誰もいない邸宅の中は、がらんとしている。
今日は披露宴の予定がなくて、クロスも装花も取り払っているから、華やかさもない。
広い空間に、テーブルとイスが行儀よく並んでるだけだ。

――ガチャリ。
背後でドアが閉まる音を聞いて、気を引き締め直す。
ちゃんとしないと!
よし、ここから仕切り直しよ。ちゃんと案内を続けよう!
小さく深呼吸してから、振り返ると。
思いのほか強い視線で、宮場が私を見ていた。
な、なに?
たじろいで、言おうと思っていた案内のセリフを飲み込んでしまった私の代わりに、宮部が口を開いた。
「姫、怒ってる?」
「えっ……?」

怒ってる……って、さっきのこと……、だよね?
えーっと……。
怒ってるのか? 私。でも、私は怒る立場じゃないよね? 宮部の彼女じゃないんだし。だから、えーっと。
数秒、返す言葉が見つからなくて黙ってしまうと、宮部は、私の両肩をガシッとつかんできた。
な、なによっ?
ビックリして固まると、顔を近づけて、私の目を覗き込んでくる。そして。

「俺が好きなのは、姫だけだよ」

なっ!
な、な、な、な、な、な、な……。
「な、なに言ってんのよ!」
突然の告白にどぎまぎして、どもりながら叫ぶと、宮部はさらに顔を近づけてくる。
ちっ、近いーーーっ!
まさか、キスする気? え、ウソでしょ? 反射的に身を引いて、頬を引きつらせながら口角を上げる。
「ちょっ、冗談もたいがいにしてよー!」
笑ってごまかそうとしたんだけど、成功したかどうかは怪しい。
私が上半身をのけぞらせてると、宮部はせつなそうな表情で、言い募ってきた。
「俺、本気だよ? 姫はいつも本気にしてくれないけど、俺、本当に姫のことが好きだから。姫だけだから」

うっわー!
イケメンがせつなげな表情で、しかも、そこはかとなく色気まで漂わせて、こんなセリフ……、卑怯だよー。
そのうえ、肩をがっしりつかまれて、逃げられないし、めちゃくちゃ顏近いし!
心臓がドキドキドキドキ暴走して、パニック起こしても、しょうがないよね?
でもこれは、宮部にじゃなく、このシチュエーションに対してのドキドキだから!
由梨、ちがうからね、これはあくまでも、この状況に対してのドキドキだからね!

心の中で、そう由梨に弁解したら、その連想で、由梨と手をつないでいた宮部を思い出した。
そうよ、宮部は由梨の彼氏でしょ?
あんなに仲良く歩いてたのに、この男はいったいなに言ってんの?
あっちこっちの女ひっかけて歩くのも、いい加減にしろっつーの!
私はフッと真顔に戻り、両肩に乗っていた宮部の手を、冷静に振りはらった。
「あのねー、宮部、あんた、由……」
「ゆ?」
由梨の名前を出しかけて、まだふたりのことは、知らないふりをするんだった、と思い出す。
「あ、いや……、だから、その、あんたの言うことは、信用できないの! 好きだ好きだっていうんなら、もっと誠実な態度を示してみなさいよ!」
由梨の名前は引っ込めて、宮部をにらむ。 「え……」
「あっちこっちの女の子と仲良くしておいて、それでもおまえだけだなんて言ったって、全然説得力ないの。そんなの、あんたにだってわかるでしょ?」
「いや、それは……」
「とにかく、私はあんたのことは、教育係というふうにしか見てないから! わかった?」
そこまで言い切ると、さすがに宮部もしゅんとなった。
ふぅ、これでよし。
「じゃぁ、案内、続けるから」
「ん……」
うつむき気味の宮部をひきつれ、私は邸宅の奥へと歩を進めて行った。