3.初めてのお客様 ― 2

「姫、やっぱりうまいよ。さっきよりもさらにうまくなってる」
2回目の接客練習が終わると、宮部はニッコリ笑って、そう褒めてくれた。
「そう? よかった」
たしかに、1回目よりうまくできたかも。
お客さん役をやってくれている宮部の質問にも、今度はスラスラ答えられたし。
ただ、私がうまいっていうより、宮部のアドバイスが良かったんだと思うけどね。
それでも、なんとか格好がついてきて、ほっとしていると。
「疲れたでしょ。ちょっと休憩しようか。コーヒーおごるよ」
そう言って立ち上がる宮部。
「あ、私はいいや。ちょっと、メイク直してくるね」
「ん、わかった」
給湯室に向かう宮部と別れて、私は化粧室に向かった。

するとそこで、偶然由梨に会った。
「あ、姫、お疲れー」
「あぁ、由梨。お疲れ!」
「そうだ。今日のお昼のことなんだけど」
「うん?」
「鈴木先輩が退院してきて、今日から復帰したの」
「へぇ、そうなんだ、よかったね」
「うん。それで、急遽、フローリストのみんなで、快気祝いにランチに行こうって話になっちゃって……」
「あぁ、そういうことなら行ってきて」
「ごめんね、今日、佐奈休みなのに」
「ううん、私は大丈夫だから、気にしないで」
笑顔で答えると、由梨は申し訳なさそうに何度も手を合わせて、自分のオフィスに戻っていった。

今日はランチひとりか。
たまには、雑誌でも読みながらコンビニ弁当で済まそうかな?
そんなことを考えながらオフィスに戻ると、デスクの上に、湯気を立てている紙コップを見つけた。
宮部は自分の分のコーヒーを飲んでいるから、どうやらこれは私の分らしい。
「買ってくれたの?」
「あぁ、ついでだから。姫は、ミルクも砂糖も入れるんでよかったよな?」
「うん、ありがとう」
やっぱり、宮部は優しいな。いらないって言ったのに。
でも、せっかくだし、漂ってくる香ばしい香りも鼻をくすぐるので、ひと口飲んでみる。
「ん、おいしい」
小さくつぶやくと、宮部は満足そうに微笑む。
「ずっとしゃべり通しで、疲れたんじゃない?」
「ううん、大丈夫」
「そう? じゃ、次は、館内案内、やってもらおうかな」
「了解!」
見学に来たお客様に、教会とパーティー会場をご案内するのも、ブライダルプランナーの仕事だ。
コーヒーを飲み終えると、私は、お客様役の宮部をしたがえて、館内案内に向かった。

「では次は、パーティー会場となります3つの邸宅をご案内しますね。3つの邸宅はそれぞれ、フランス、イギリス、イタリアをイメージしており……」
「あっ、宮部さーん!」
教会からパーティー会場へ、説明しながら歩いていく途中で、後ろの方から声をかけられた。
宮部と一緒に振り向くと、小柄な女の子が駆け寄ってくる。
たしか、ヘアメイクのアシスタントの子だ。
「あぁ、お疲れ様です」
宮部がにこやかに挨拶すると、女の子は媚びるように宮部の袖を引っ張った。
「今ちょっと、いいですかぁ?」
「えーっと、仕事中なんだけど、急用?」
困ったように、でも優しく宮部が問うと、女の子は、私の方をちらっと盗み見た。
そして、数歩分宮部を引っ張って私から離れ、コソコソと耳打ちする。
うー、なんか、やな感じ……。
女の子の声は聞こえなかったけど、宮部は話を聞くと、普通の声で答えた。
「あぁ、ランチ。構わないよ」
「やったぁ! じゃ、またあとで」
女の子は両手を握りしめて喜び、かわいく手を振りながら、また駆けて行ってしまった。
あーぁ、まただよ。ホントにモテるヤツ……。
しらけた気分で、女の子を見送っている宮部をうながす。
「続けてもよろしいですか?」
「えっ、あぁ、もちろん!」
フン、鼻の下伸ばしちゃって。
私はあえて事務的な態度で、館内案内を続けたのだった。