3.初めてのお客様 ― 1

帰り道、佐奈はどうしても納得いかないらしく、酔った勢いも手伝ってか、不満を私にぶつけてきた。
「あー、もう、なんで由梨、隠してるのかなぁ?」
「うーん、どうなんだろうね……」
私だって、由梨に訊きたい。
つい昨日、ランチのときに由梨は、私に宮部を勧めるようなことを言ってたんだから。
あのとき、由梨はどんな気持ちで私にそんなことを言ったんだろう?
裏表のあるような子じゃないんだけどなぁ。
「なにか事情があるのかもね。由梨、隠し事するような子じゃないし」
「そうだよねぇ。でも、なんだか私、由梨のことがわかんなくなっちゃったよ!」
「まぁ、そう言わないで」
「だってー! よし! 明日、由梨を問い詰めてやる!」
「ちょっ、佐奈、それは……」
「いいじゃない、はっきり聞いちゃえばいいのよ! こういうことは、本人に聞くのが一番手っ取り早いし、間違いないでしょ?」
「いや、それはそうだろうけど、でも……。ほら、由梨も話すタイミングを見計ってるのかもしれないし」
「えー、そうかなぁ?」
「そうだと思うよ? しばらく、私たちから宮部の話はしないでおこうよ。そうしたら、案外、ランチのときにでも、由梨から話してくれるかもしれないし」
「でもぉ……」
「じゃ、木曜日までって期限をつけたらどう? それまでに由梨が話してくれなかったら、どうせ木曜に宮部と飲みに行くんだから、そのときに宮部を問い詰めてやればいいじゃない?」
「あー、それいいかもね。アイツだって、さんざん姫に言い寄ってきてて、今さら由梨とか、ちゃんと説明してもらわないと!」
「うん、そうそう! ってことで、この話は、木曜まで秘密ね」
「わかった」
「由梨に会っても、宮部に会っても、知らないふり、だよ?」
「オーケー!」
酔った足取りでふらつきながら、佐奈は両手で○を作って、了解の意を示してきた。
もう、佐奈ったら、大丈夫かなぁ。
苦笑いしながら佐奈の腕を取り、私はよろめく佐奈を支えながら、駅へと歩いて行った。

翌日、佐奈は約束通り、オフィスで宮部に会っても、由梨と一緒にランチする時も、昨日の話は持ち出さなかった。
私もポーカーフェイスを貫いたんだけど、一方、由梨からも、宮部の話が出ることはなかった。
もしかしたら由梨から打ち明けてくれるかも、ってちょっと期待してたんだけど。
残念だったな……。

同じように週末も過ぎていき、土日、私は最後のアテンダントの仕事を無事に終え、月・火の休みに入った。

そして、休み明けの水曜日。
いよいよ、私の、ブライダルプランナーデビューの日!
朝から緊張気味の私が出社すると、宮部がにこやかに席にやってきた。
今朝も宮部はさわやかだ。
「姫、おはよー。いよいよ今日からだね」
「うん」
「あれ? 緊張してる?」
「ううん、そんなこと……、あー、いや、少し、ね」
一瞬、見栄を張ろうとしたけど、硬くなってるのは自覚してたから、すぐに思い直して素直に認める。
今日から教育係をやってもらう宮部にウソをついたって、いいことはない。
私は初心者なんだから、素直にいろいろ教えてもらわないと。
すると宮部は、私を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、俺がちゃんとサポートするから。それに、今日はたぶん、それほどお客さん多くないと思うし」
宮部の言うとおり、平日にうちを訪れるお客様は、それほど多くない。
いらしゃるとしても、午後がほとんどだ。
「ってことで、午前中は、俺がお客役をやるから、新規のお客様の接客の練習をしよう!」
「はい、よろしくお願いします」
神妙に頭を下げると、宮部は、それを笑いとばした。
「ハハッ、そんなに他人行儀にならなくていいよー!」
人懐っこい笑顔に、思わずつられて微笑みそうになる顔を引き締め、両手を膝の上でギュッと握りしめる。
「でも、私は教えてもらう立場だから、そこはきちんとしないと」
すると宮部は、感心したような、やや呆れたような複雑な表情で私を見つめてきた。
「姫は真面目だなぁ」
「いや、べつにそんなんじゃないけど……」
宮部から視線をはずし、口ごもる。

そう、そんなんじゃないんだ。
慇懃無礼な態度で、宮部との距離を保っていたいから、こうしてるだけ。
朝から緊張してるのだって、今日がプランナーデビューだからっていう理由だけじゃない。
由梨との関係がはっきりしない宮部に、マンツーマンで仕事を教えてもらうことに、言いようのないモヤモヤを抱えているから。
もう宮部のことは考えないって決めたのに……。
間近に宮部の顔を見ると、胸がうずいていしまうのを止められない。
あー、ダメダメ!
宮部は由梨の彼氏なんだから!
私にとっては、ただの教育係!
そう無理やり自分を納得させて、私はそそくさと接客の練習に入ったのだった。