2.ブライダルプランナー抜擢 ― 8

すると、オフィスの入り口のところで、今さっきウワサをしていた宮部を見つけた。
パーティーフロアのスタッフの女の子ふたりと立ち話している。
ホント、モテるヤツ。
でも、私には関係ない。無視して横を通り過ぎようとすると会話が聞こえてきた。
「でねー、そこのお店のランチがぁ……」
喋っているのは女の子たちの方で、宮部はニコニコしながら、それを聞いている様子。
と、宮部が私たちに気づいた。
「お疲れ様です!」
美里さんにさわやかに挨拶し、私と佐奈には、目で会釈してくる。
「あ、お疲れ様……」
そう宮部に挨拶を返した美里さんは、ふと、宮部の前で立ち止まった。
そして、宮部の顔をじっと見る。
なにか用事があるのかと、喋っていた女の子たちは口をつぐみ、美里さんの後ろにいた私と佐奈は、自動的にそこで立ち止まった。
宮部は、「なにか?」と問うような視線で美里さんを見ている。
でも結局、美里さんはなにも言わずに、ついと目をそらすと、自分の席の方へ歩いて行ってしまった。
取り残された宮部は、「俺、なんかした?」と言わんばかりにこっちを見てきたけど、私も佐奈と顔を見合わせて首をかしげるばかりだ。
まぁ、なにかあるとすれば、さっきウワサしてたことかもしれないけど、そんなこと、本人に言いたくない。
私は、知らんぷりして自分の席に向かった。

佐奈と並んで席に着くと、宮部がやってきた。
女の子たちは、自分たちの仕事場に戻ったようだ。
「なぁ、来週の予定決まった?」
私が佐奈の顔を見ると、佐奈が答えてくれる。
「じゃぁ、木曜でいい?」
「おぅ、木曜な! 来週こそ、ちゃんと空けとくから。今日は本当にゴメンな」
そう言って手を合わせてくるので、「べつにいいよ」とサラッと返すと、宮部は、何度も謝りながら、自分の席へ戻って行った。

木曜か……。
ちょうど一週間後ね。
それまでに、由梨と宮部の関係について、佐奈に相談できるといいな。
とそのとき、ふと思いついた。
「ねぇ、佐奈、今夜、ふたりで飲みに行かない?」
「え? ふたりで?」
「うん。もともと飲みに行く予定だったから、空いてるでしょ? ちょっと相談したいことがあるんだ」
「あぁ、そういうことなら、もちろん!」
快くOKしてもらうことができて、私は、気分よく午後の仕事に取りかかった。

そして、終業時刻。

佐奈と一緒にオフィスを出て、駅へと向かう。
駅の周りには、たくさんの飲食店がひしめいているので、飲みに行くお店にも事欠かない。
「どこ行こうか? 姫、相談があるって言ってたよね? だったら、静かに話せるお店がいいよね」
「うん。前に行った、カクテルのおいしかったダイニングバーはどう?」
「あぁ、いいね。そうしよう!」
かつて由梨も含めて3人で飲んだ店に向かっていくと。

えっ? ウソ……。
「佐奈、ちょっと、あれ見て!」
声をひそめて、10mほど前を行くカップルを指差す。
「えっ、なに?」
「シーッ、静かに!」
不用意な佐奈の大きな声を注意して、物陰に佐奈をひっぱりこみ「ほら、あそこのふたり」ともう一度指差す。
「なによー、探偵ごっこ? え? あれって……、由梨と宮部?」
最初笑っていた佐奈も、ふたりの後ろ姿を認めると、真顔になった。
それもそのはず。宮部と由梨は仲良く手をつないでいたのだから。
宮部がリードするように由梨の手を引いて歩いていく姿は、どう見ても恋人同士だ。
「なんで、由梨と宮部……?」
呆然としている佐奈に、私は、今朝見たことを話した。

由梨と宮部が、イタリアンレストランに入っていくのを見届け、私たちもダイニングバーに腰を落ちつけた。
さっそく佐奈が勢い込んで訊いてくる。
「姫は、今朝以外にも、由梨と宮部が一緒のとこ、見たことあった?」
「ううん、今日が初めて」
「だよねー。そんな話、由梨からも聞いてないし……」
「うん。でも、やっぱりあれって、つき合ってる、よね?」
「えー、どうかなー? うーん……」
難しい顔をして考え込んでしまった佐奈を見て、思わず頬をゆるませると、佐奈が真面目な顔で突っ込んできた。
「ちょっと笑い事じゃないでしょ! 姫の相談っていうのも、あのふたりのことだったんでしょ?」 
「まぁ、そうなんだけど。でも、あんな決定的な場面見ちゃったら、もういいや」
「どういうこと?」
「もともと私は宮部のこと、なんとも思ってなかったんだし、由梨が付き合ってるなら、もうそれでいいじゃない」
「えーーー……」

佐奈は、納得いかないような顔をしていたけど、私はもう、宮部のことは考えるのをよそうと決めた。
宮部のこと、ちょっといいなと思ったこともあったけど、由梨っていう恋人がいるなら、私の出る幕じゃない。
だって宮部は、私と佐奈との約束をキャンセルしてまで、由梨とデートするくらい、由梨のことが好きなんだろうし。
それにしても。
だったら、なんであんなに頻繁に、私を誘うようなこと言ってたんだろ、アイツ。
結局、単なるチャラ男だってことなのかな。
期待させるようなことばっかり言っちゃって。ムカつくやつ!
由梨、あんなヤツと付き合って、大丈夫かな?
でも、男女のことは、当人にしかわからないこともあるだろうし、それこそ、私の出る幕じゃないよね。
そう心の中で結論付けはしたけれど、胸の奥にくすぶるモヤモヤは、いくら飲んでも、晴れることはなかった。