2.ブライダルプランナー抜擢 ― 5

午前中、ファイルの読み込みに専念していると、あっという間にお昼になった。
「姫、今日はどこに行く?」
佐奈がいつものように声をかけてくる。
「んー、そうだなー」
「あっ、そうそう、さっき由梨に会ったんだけど、今日はランチ、1時間遅れで行くから、ふたりで行ってってさ」
「あ、そうなんだ……」

由梨がいないなら、さっきのことを佐奈に相談するのにちょうどいいかも。
そう考えていたら、思い出したように佐奈が訊いてきた。
「ねぇねぇ、そういえば、今朝の佐藤マネージャーの呼び出し、なんだったの?」
「あぁ、あれ、実は……」
プランナーに抜擢されたことを教えると、佐奈は目を丸くして驚き、次の瞬間、抱きついてきた。
「姫ー、おめでとー!」
私がずっと、プランナーになりたくて仕事を頑張ってきたのを、一番近くで見ていたのは、佐奈だ。
「佐奈ー、ありがとー!」
佐奈が、自分のことのように喜んでくれるのが嬉しくて、私もギュッと佐奈を抱きしめ返す。
すると、そのとき。

「フフフ、私も聞いたよ、姫ちゃん、おめでと」
抱き合っている私たちをほほえましそうに見ながら、美里さんが声をかけてきてくれた。
「美里さん! ありがとうございます!」
佐奈から離れて頭を下げると、佐奈が、
「そうだ、美里さん、よかったら、一緒にランチ行きませんか? 姫に、プランナーの心得とか話してやってくださると嬉しいんですけど」
と、かけあってくれた。
「あぁ、私でよければ、いつでも」
「えっ、いいんですか? じゃぁ、ぜひお願いします!」
佐奈、グッジョブ!
美里さんはまりあさんからの引き継ぎで忙しいから、話を聞くなんてムリって思ってたのに、ヤッター!
佐奈に感謝しつつ、快くOKしてくれた美里さんと連れ立って、近くのパスタ店に向かった。

それぞれに頼んだランチが来たところで、さっそく美里さんに質問する。
「プランナーをやる上で、一番大切なことってなんですか?」
「んー、そうねぇ……」
美里さんは少し考えて、口を開いた。
「いつも佐藤マネージャーが言ってる、お客様第一ってこともあるけど、それと同時に、会社の利益についても考えなきゃいけない、ってことかな」
「会社の利益、ですか?」
ピンと来なくて訊き返すと、美里さんは大きくうなずく。
「うん。私も、なりたての頃は、ブライダルプランナーって、結婚式や披露宴っていう華やかなイベントをプロデュースする、きらびやかな職業って思ってたんだけど、実は、プランナーって営業職なのよ」
「えっ、営業ですか?」
「そう。だって、お客様にモノを売るわけだから」
「あっ、そうか!」
今まで、そんなふうに考えたことがなかったから、目からうろこだ。

「姫ちゃん、接客用のファイルはもう見た?」
「はい、ファイルとパンフレットには、全部目を通しました」
「じゃぁ、それら以外に、社外秘の資料で、プランやオプション価格の内訳が書いてあるのがあるんだけど、それは知ってる?」
「いえ、知りません」
「だったら、あとで、佐藤マネージャーに訊くといいよ。パソコンで見られるんだけど、社外秘ファイルにアクセスできるIDとパスワードをもらえると思うから」
「はぁ」
へぇ、そんなのがあるんだ。初耳!
こういうことを聞くと、改めて、自分がまだなにも知らないひよっこだって、実感する。
「でね、それを見ると、それぞれのプランやオプションで、会社がいくら儲かるかがわかるの。ざっくり言っちゃえば、スタンダードプランだと、全然儲けはなくて、オプションがつけばつくほど儲かる仕組みなんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「うん。たとえば、姫ちゃんや佐奈ちゃんがやってくれてるブライダルアテンダントって仕事があるでしょ?」
「はい」
「あれ、姫ちゃんたちはお給料をもらってやってるわけだけど、そのお金って、スタンダードプランの料金に含まれるのよ」
「あぁ、それはそうですよね。アテンダントは花嫁さん全員につきますから」
「そう。ほかにも、パーティー会場のフロアスタッフとか、必ずつくじゃない?」
「えぇ、大勢つきますね」
「だから、スタンダードプランって、そういう人件費だけでチャラになっちゃうワケ」
「なるほど」
「でも、それだと、会社の利益は全然出ないことになっちゃうでしょ?」
「はい」
「それじゃ会社が倒産しちゃうから、我々プランナーは、お客様にできるだけオプションをつけていただいて、会社の利益を出すように提案していかなきゃならないの。ね、まさに営業でしょ?」
「へぇー、そうだったんですね。なんだか大変そう……」

うわぁー、考えてたのと全然違う!
もちろん、オプションがたくさんあるのは知っていたし、お客様の要望に合わせて、いろんなオプションを提案しようとは思っていた。
でも、できるだけたくさんのオプションを売らなきゃならない、って考えると、急に不安になる。
そんなこと、私にできるんだろうか?
心細くなって隣を見ると、佐奈と目が合った。