2.ブライダルプランナー抜擢 ― 3

「お、早かったな」
「すみません、早すぎましたか?」
会議室には、すでに佐藤マネ―ジャーが待っていた。
「いやいや。そう固くならなくていいから、まぁ、そこに座って」
「はい」
テーブルをはさんで向かいに座る。
「急に呼び出して悪かったね」
「いえ。でも、なんでしょう?」
「うん、実は、椎さんが7月いっぱいで辞めることになってね」
「えっ、まりあさんが?」
そんな話、ウワサにも聞いてなかったから、ビックリだ。
「どうして……」
思わずつぶやくと、佐藤マネージャーは複雑そうに微笑んだ。
「私としても残念なんだが、二人目のお子さんができたそうなんだ」
「あっ、そうなんですか!」
まりあさんは既婚者で、すでにひとり、お子さんがいる。たしか、2歳の男の子。
「それで、幼い子をふたり育てながら仕事を続けるのは難しいってことで、ご主人とも、二人目ができたら仕事は辞める、と約束していたらしいんだ」
「そうだったんですか……」
頼りになるチーフがいなくなってしまうのは残念だけれど、そういうおめでたい理由では、しょうがない。
「でね、ひとり、プランナーを補充しなきゃならないんだが……、葛西さん、やってみないか?」
「えぇっ、私ですか!?」

入社当時から、ブライダルプランナーになることは、私の夢だった。
毎年、希望も出してはいたのだけれど、それがこんな形で叶うとは思っていなかったから、喜びよりも驚きの方が大きい。
ビックリして固まっていると、佐藤マネージャーが訊いてきた。
「もともと、プランナー希望だったろ?」
「あ、はい!」
「まぁ、いきなりひとりでっていうのは難しいだろうから、最初は教育係をつけて、接客のノウハウを学びながらやってもらうことになるけど。どうかな? やってみる気はあるかい?」
話を聞いているうちに、じわじわと実感がわいてきた。
私、とうとう、ブライダルプランナーになれるんだ!
嬉しい! やっと、夢が叶う!
「はいっ! もちろんです!」
「よし、決まりだ。じゃぁ、宮部君に教育係をやってもらうからね」
「えっ、宮部……、ですか?」
「あぁ。同期だし、やりやすいだろ?」

たしかに同期ではあるけれど。
ついさっきの光景が、頭によみがえる。
由梨の手を引いて、ドアの向こうに消えた宮部……。

「あの、美里さんじゃダメですか? 私、今まで、美里さんのお客様のアテンダントをすることが多くて、美里さんみたいなプランナーになりたいと思ってるんですけど……」
宮部を避けたくてそう言ってみたのだけど、佐藤マネージャーは顔を曇らせた。
「あぁ、長堀さんね……。実は、彼女には、椎さんのあとを継いで、チーフを任せようと思ってるんだよ。だから、これから7月末まで、椎さんからチーフ業を学んでもらおうと思っててね。それに、椎さんのお客様も何組か引き継いでもらうつもりだから、そこに、葛西さんの教育係までは、ちょっとね……」
「あぁ、そうなんですか……」
ってことは、当然、まりあさんも美里さんへの引き継ぎで忙しくなるってことだよね。
そして、あとひとりいるプランナーの先輩は、小学生のお子さんがいるママさんで、残業ができない人だから……。
必然的に、私の教育係は、宮部になるワケか。

「そういうことなら、宮部で結構です……」
本意ではないけれど、しょうがない。
「じゃ、さっそく」
そう言うと、佐藤マネージャーはテーブルの上の内線電話の受話器を持ち上げた。
どうやら、宮部に掛けるようだ。
「あ、宮部君? 佐藤だが、今から20〜30分、抜けられるかい? ……じゃぁ、接客用ファイルとお客様用のパンフレットを持って、第一会議室に来てくれるか?」

宮部はすぐにやってきた。
「持ってきましたが……」
「あぁ、ありがとう。ちょっと、そこに座ってくれるか」
宮部は、私も一緒にいるのを見て、少し驚いた様子を見せたけれど、目が合うと、いつものようにニッコリ微笑んできた。
あぁ、相変わらずのキラースマイル……。
でも今日は、その笑顔の向こうに、どうしても由梨の顔がちらついてしまう。

佐藤マネージャーにうながされ、宮部は私の隣に腰かけた。
「実はね……」
佐藤マネージャーが、まりあさんのことと、私のプランナー抜擢について説明する。
「……というわけで、宮部君に葛西さんの教育係を頼みたいんだが、やってもらえるかい?」
「はい! そういうことでしたら、喜んで」
宮部は本当に嬉しそうだ。
「じゃぁ、さっそくだけど、接客用ファイルについて説明してあげてくれるかい? 葛西さん、新人のときに研修は受けてるだろうけど、実践は初めてだからね」
「わかりました!」
「葛西さんは、ひととおり説明を聞いたら、今週はファイルをよく読みこんで、接客の練習をしておいて。来週から、接客カウンターに宮部君と一緒に座ってもらうよ」
「はい、わかりました」
「じゃ、そういうことで、よろしく」
そう言うと、佐藤マネージャーは会議室を出て行った。

……宮部とふたりっきり。き、気まずい……。
でも、そんな私の気持ちとは裏腹に、宮部は私を見てニッコリ微笑んだ。